品川心療内科|心療内科入門

心療内科とは?

質問*「心療」とはなんですか?
「心療」は「心理療法」の省略形です。いろいろな症状を心理療法(カウンセリング)も使いながら解決する場所です。
医学的治療を分類すると、
(1)薬物療法(西洋薬、和漢薬)
(2)手術
(3)心理療法・カウンセリング(精神療法ともいいます)
(4)物理療法(省略して物療)
などがあります。

質問*自律訓練法とは?
緊張しすぎる傾向のある人に、緊張を自分でコントロールする方法としてお勧めする方法です。 簡単・安全・無害です。不安傾向の高い人、緊張しすぎる人、パニック障害の傾向のある人など に適しています。お気軽にどうぞ。

質問*わたしみたいな症状で心療内科に行ってもいいでしょうか。それとも精神科か内科に行ったほう がいいのでしょうか。そのへんがよく分かりません。
ご本人の相談でなくてもおいで下さい。家族の誰かに関する相談もおいで下さい。ご本人が困っ ているが相談に行きたくないという場合もあります。ご本人よりもまわりの人が困っているとい う場合もあります。たとえば、お子さんの不登校や引きこもり、ご主人のアルコール問題、ご家 族のうつ状態、パニック障害、性格の不一致、離婚問題のこじれ、老年期の物忘れなどが、家族 相談として多いようです。

質問*事情があって本人が行けないときはどうしようもないですか?
どうしたらいいか分からないときの、はじめの相談窓口として利用して下さい。難しいことは気にせず、まずいらして下さい。あなたにぴったりの相談窓口はどこか、まずそこから相談しまし ょう。もしわたしたちではあまりお力になれないとしても、悩みの内容や家族の事情、交通の 都合、これまでに相談した人、これまでに読んだ本、そうしたことを考慮して、どのようなとこ ろで相談したらよいかをお勧めします。また、身体的な病気の検査をまずお勧めすることもあり ます。

質問*料金は?
保険診療の場合、各種保険取り扱いでおよそ1500円から5000円くらいが多いようです。バイア グラ、低用量ピルは自費です。

質問*心理方面の診断というと、「性格が悪い」とか、「心理的に異常だ」とか診断されるのでしょうか?
そうではありません。まずストレス診断をしましょう。心理的診断では、「どのような種類のス トレスがどの程度あるか、そしてその人の心はストレスに対してどのように反応しているか」、 つまりストレス診断が中心になります。

質問*ストレスと性格の関係について教えて下さい。
どのようなストレスがつらいかは人によってさまざまです。たとえば、忙しいことが大変苦痛で あると感じている人がいます。その逆に暇になると苦しくて仕方のない人もいます。また、大勢 の人と一緒にいるとつらく感じる人もいます。その逆に一人でいるとつらく感じる人もいます。 つまり性格の違いによって、どのようなストレスが特につらいかが違ってくるのです。そういう 意味で性格を把握します。性格がいいとか悪いとか診断するのではありません。ストレスとどう 関係しているかを検討しましょう。

質問*精神の異常を何度かの面接で決められるのですか?
そうですね。簡単に決められるものではありません。そのような裁判所の決定のような診断をす るのではないのです。あなたが何がつらいかが問題なのです。私たちにとって、「何が本人にと ってつらいか」が問題なのです。私たちは裁判所でも警察でもないのですから、この人は異常だ と判断するのではありません。本人がつらければ助けになりたいし、本人がつらくなければ、何 もしません。それが根本です。心理が異常かどうかではなくて、むしろあなたの置かれている環 境がどの程度のストレスであるか、診断することが大切でしょう。

質問*カウンセリングをしても、客観的な事態は変わらないのに、なぜ有効なのですか?
とてもつらいとき、弱音を吐いたらいけないと思う人がいます。自分が重大と思うことことほど 一人で悩んでしまう人がいます。「こんなに大変な状況に置かれたならば、あなたでなくても誰 でもうつ状態になりますよ」といった感想を申し上げる場合も多いのです。自分の状況がつらい ほど、弱音を吐いたらいけないと思い続ける傾向があります。自分が重大と思うことほど、自分 一人だけで悩み続ける傾向があるのです。そんなときに、自分の置かれた状況をもう一度見つめ なおしてみましょう。そのためにカウンセリングをしましょう。あなたは一人ではないのです。

質問*どんなときに「うつ状態」というのか教えてください。
うつ状態のチェック表を紹介します。何個か当てはまったからといって、すぐに「うつ状態」だ と判定するものではありません。人間ですからいろいろなことで落ち込むのが当たり前です。多 く当てはまっていたならば、少し休んだ方がいいのかなと考えて参考にしてください。(スト レス・マネージメント・パワー・グループによる。笠原、SDSなどから構成。「こころの辞典」 参照)

・朝いつもよりはやく目が覚める
・朝起きたときに気分がすぐれない
・朝いつものように新聞やテレビをみる気になれない
・服装や身だしなみにいつもほど関心が持てない
・仕事にとりかかる気になかなかならない
・仕事にとりかかっても根気がない
・決断がつかない
・いつものように気軽に人に会う気にならない
・なんとなく不安でイライラする
・これから先やっていく自信がない
・「どこか遠くへ行ってしまいたい」と思う
・さびしいので誰かにそばにいて欲しい
・涙ぐむことがよくある
・夕方になると気分が楽になる
・頭が重い、痛い
・食欲がない
・体がだるく疲れやすい
・気分が重い
・話に集中できない
・首筋や肩がこる
・のどや口がかわく
・息がつまって苦しくなる
・のどの奥にものがつかえる感じがある
・寝付きが悪い
・夜途中で目が覚める
・自分の人生はつまらないと感じる
・何をするにもおっくうである
・最近やせてきた
・便秘している
・胸がどきどきする
・自分は人に迷惑をかけていると思って心配だ
・将来に希望がない
・自分は役に立たない人間だと思ってつらい
・今の生活に張りがない

質問*家族の一員がひきこもりを続けていて困っています。なにか方法はありますか?
ご本人も、内心では焦ってはいても、どうしてうまくいかないのか分からなくて、どうしようも ないという場合が多いのではないでしょうか。ご家族としても、心配はしているが、実際にどう すればいいのか、手がかりがないという場合が多いようです。昔から、人生の一時期に引きこも るタイプの人はいたのではないでしょうか。その人なりの人生の時間がありました。今よりも多 様な人生があったのではないでしょうか。しかし現代社会は、そうした時間の流れ方の違うタイ プの人を排除する傾向があります。結果として、そうした人たちはますます引きこもることにな るでしょう。時間がたてば、ますますきっかけは遠のくようです。ご家族の方が参考文献を読 んで、知識を深めるのも意味があると思います。まず家族相談を始めましょう。いろいろと方法 はあります。あきらめないで下さい。きっとお力になれると思います。

質問*安定剤や抗うつ剤を使うことは心配です。大丈夫でしょうか?
一般に、薬を使うことについては慎重でなければなりません。安定剤や抗うつ剤に限らず、解熱 鎮痛剤でも、抗生物質でも同様です。たとえば厚生省で認可された薬だからといって、万全とい うわけでもありません。認可・販売が取り消しになる薬もまれにあります。そんな中で、どのよ うに有効で安全な薬を合理的に用いるかが問題です。安定剤や抗うつ剤についてはこうした不安 が特に強いようで、患者さん方にお薬をおすすめする際にいろいろと説明しています。必要最低 限の量を、最短の期間だけ使うこと。これが薬剤使用の基本です。薬は自然の食べ物ではありませんから、むやみに口から入れないのがいいと思います。これが原 則です。食品添加物、防腐剤、最近話題になっている環境ホルモン物質など、薬以外にも注意す べき物質はいろいろあります。どれも微量だからたいしたことはないと説明されることが多いの ですが、微量といえども、少なければ少ないにこしたことはないでしよう。いろいろな危険が複 合するときの危険も考えておかなければいけません。薬もそうした危険のなかの一つで、できれ ば薬なしの自然な暮らしがいいと思います。しかしここでも、効果と危険の合理的な選択がある はずです。

例えば、夏のエアコンを考えてみましょう。エアコンは自然のものではありません。場合によっ ては冷房病といわれるように、自律神経に影響を与えます。だから全くない方がいいかといえば、それは使い方の問題です。温度や風を適切に管理すれば、エアコンによって夏を大変楽に過ご せるのです。エアコンが悪いのではなく、エアコンの間違った使い方が悪いのではないでしょ うか。薬も同じです。毒になるか、薬になるか、使い方一つなのです。そのために薬に関しての 正しい知識を身につけましょう。最近は薬を調べる本が出版されていて、副作用の項目を調べて 悩んでいる人も少なくないようです。悩んでいないで相談してください。「対話と納得」を積み 重ねて、正しく合理的に薬を利用しましょう。

うつ ご本人へ・うつ状態に悩む方へ

原因
たいていのうつ状態は、「精神病のうつ病」と表面的には似ている点があるものの、根本的には 全く別のものです。うつ状態は、がんばりすぎた後に、「ちょっと休息をください」と心と体が 要求している状態です。精神病ではなく、ストレス反応性のものです。専門的には、脳の神経伝 達物質とレセプターの部分に疲労による変化が起こるのだろうと推定されています。寒いところにいれば風邪をひくように、ストレスを受けながらがんばりすぎた後に、うつ状態になります。風邪もうつ状態もどちらも重病とはいえないものの、病気の一種で、休息が必要で あることも共通しています。こじらせないことが第一です。

気合いではなく、休息
気合いを入れても良くなるものではありません。逆に、がんばればそれだけ心のエネルギーを使 い果たすことになります。気持ちがたるんでいるからうつ状態になったのではなく、うつ状態 になったから元気が出ないのです。必要なのは休息です。
マラソンの後には筋肉痛が起こります。休養をとって回復を待ちましょう。

お薬
休息をとっていてもうつ状態はつらいものです。薬でそのつらさをやわらげることができます。 薬が本格的に効き始めるまで、約二週間待って下さい。その後はとても楽になります。いろいろ な薬があり、作用も違いますから、そのつど説明します。副作用やのみ合わせの心配などにもお 答えします。疑問点は遠慮なくおたずね下さい。新しい薬は副作用はほとんどありません。約三〜六ヶ月のあいだ薬を使います。その後はすっかり元の生活に戻ります。漢方薬を用いて治療することも有効です。また、薬物は使いたくないとご希望の方もいらっしゃいます。納得できるようによく話し合いましょう。

期間
完全に治り、もとの生活に戻るまでには三ヶ月から六ヶ月と考えて下さい。仕事は、状況により ますが、できれば一、二ヶ月程度は休むのがよいようです。診断書を提出して落ち着いて治療に 専念しましょう。職場復帰にあたっては、仕事内容、職場、時間などの調整をします。たとえば 半日勤務で開始することなどを会社に要請することもあります。


数カ月の間には軽い波があるのが普通です。途中で少し悪くなっても悲観しないことです。全体 としてよい方向に向かっているのだから大丈夫だと考えましょう。

後遺症
命には別状ありません。後遺症もありません。遺伝もしません。ご安心ください。

大きな決断
治療が終わるまで、仕事、学校、家庭での大きな決断はしないようにしましょう。退職、退学、 離婚などの必要はありません。休職や休学でよいのです。体調が万全になってから、その先のこ とを考えましょう。いまは悲観的な考えしかわいてきません。

ご家族の理解
ご家族の方にも病気の説明をします。休養中に気分よく過ごせるように、ご家族に協力していた だきましょう。

アルコールはがまん
治療が終わるまで、アルコールはがまんしましょう。

居場所の確保
休養中に居場所がないのが悩みとなることがあります。自宅、図書館、喫茶店、公園などで時間 を過ごすことも多いようです。病気について理解を深めながら、この機会に仕事の仕方やライフ スタイルについて点検してみましょう。

うつ ご家族へ・うつ状態に悩む方のご家族の皆様へ

対応の仕方
疲労のせいでこころと体の一部が活動停止しているのだとイメージしてください。「怠け病」 や「気持ちの持ちよう」ではないので、ご本人を責めないで下さい。また、励ましの言葉や外に 連れ出すことに対しても、患者さんは期待にこたえようと気をつかい、焦り、体力を消耗します。とにかくゆっくり休ませて下さい。旅行に連れ出したり、酒を飲みに誘ったりする人もいますが、今の時期にはお勧めできません。
心が風邪をひいたと考えてください。充分な休養が一番の治療です。風邪をひいた人は無理をしないで寝ているのが一番です。それが本人の自己治癒力をひきだすのです。うつ状態も同じ です。

今後のこと
命に別状はありませんし、後遺症もありません。しかし、がんばる癖がある場合には再発しやす いようです。これからは「がんばり過ぎではありませんか?」と声をかけてあげてはどうでしょうか。

職場や学校
三ヶ月から六ヶ月ですっかり元にもどります。必要に応じて診断書を提出して休職や休学もでき ます。しかしときに患者さんは退職、退学、離婚、財産処分などを急ぐことがあります。大きな 決断をしようとしていたら、「まず元気になって、それからよく相談しても遅くない」と説得し ましょう。事情を知らない人が、上のような決断について文面通りに受け取ってしまうことがあるかも知れませんので、ご家族の方が配慮してあげてください。

家族相談
ご本人が何かの事情で相談に来院できない場合には、家族相談の形でご家族の方がいらして下さることも多くあります。間接的ですが、アドバイスできます。ご家族がよく理解して適切な態 度で接することは大変重要です。お気軽においでください。保健所、精神保険センター、市役所 の無料相談窓口、(あなたが女性なら)女性センター、こころの電話などで最初の相談をしてみ るのもよい方法です。まず家族相談を始めましょう。

大切な何かを失ったとき・悲嘆の仕事(Grief Work)

1.概略
交通事故や病気、その他いろいろな原因でわたしたちは愛するものと別れます。人や物、地位 など、その人にとって大切な何かを失う体験をすると「悲嘆反応(grief reaction)」が起こります。悲しみの中でも大きな悲しみを悲嘆(grief)と呼んでいます。心のよりどころを失ない、「これは現実ではない」「夢の中に違いない」と感じることさえあります。

喪失体験に直面したとき、その悲しみから立ち直るためには、悲しみの消化作業が必要です。それがグリーフ・ワーク(Grief Work)、喪の仕事、悲嘆の作業などと言われているものです。

E・キューブラー・ロスは、死にゆく人が自分の死を受容していくプロセスを研究し、どのような傾向があるかまとめました。キリスト教以外でも、自分の死以外でも、悲嘆体験を乗り越え るときには同じようなプロセスをたどるのではないかと拡張して考えました。簡単に言うと、否認(なかったものと思いたい、誰かの思い違いではないかと思いたい)、怒り(関係者に対して、また自分に対しての怒り)、抑うつなどを経て受容に至ります。最後には失ったものを嘆くこ とやめ、新しい生活に希望を持って向かうようになります。

悲嘆のプロセスは、心の中で、喪失の意味がゆるやかに変わっていくプロセスと考えられます。時間と強さは人により場合によりさまざまです。

2.グリーフワークとは何か
どんなとき起こるか、例を挙げます。

愛する人間、動物との死別。たとえば交通事故で伴侶を失った場合。子供が不治の病にかかった場合。いわゆるペット・ロス。退職して地位や生き甲斐を失った場合。子供が授からないと告 知された場合。ずっと希望して努力していた目標をあきらめなければならない場合。

まとめて言えば、大切な何かを失ない、未来への希望が断ち切られた場合。どのように進行するか、研究があります。悲嘆反応の一般的経過については、公式のように過度に一般化しても間違いだと思いますが、脳の構造から来る一般的な傾向があることも確かでしょう。脳は呼吸や消化などのように進化論的に古い機能から、論理的思考などのように新しい機能 まで、積み上げるように構成されています。強いショックがあると、上位機能がまず停止し、下 位機能が保持されます。緊急事態に対応するためにはまず生命に必要不可欠な部分にエネルギー を確保することが有利だからでしょう。分かりにくいものもありますが、大まかな順番で並べる と次のようになります。ショック、混乱、無感覚、非現実感、現実変様感、罪責感、敵意、拒否、取り引き、探索行動、苦悶、死者に対する思慕や憧憬、希死念慮、抑うつ、寂しさ、引きこ もり、自尊心の低下、悲哀感、無力感、無関心、感情の平板化、アパシー、解放感、現実世界へ の関心、理性的思考、意味の探求、つぐない、希望、発想の転換、新たな決意、新たな自分の 獲得、ユーモア、人格的成長、新しいライフスタイルの確立、新たな友人の獲得。

敢えてもう少し分類してみましょう。

  1. 茫然として、無感覚。現実感を喪失。パニック状態。思考・判断・感情の停止。
  2. 喪失に対する号泣・怒り・敵意・自責感などの強い感情。抑制のきかない思考・感情。
  3. 閉じこもり・うつ状態。
  4. 新たな自分、新たな社会関係。積極的に他人と関与。

次第に脳の抑制系が再生する過程と見ることができると思います。

3.グリーフワークをどのように見守るか
悲嘆の仕事の課題として、1.喪失の事実を受容する、2.悲嘆の苦痛を乗り越える、3.あるべき何かが失われた環境を受け入れる、4.新しい希望を見つける、などがあげられます。

正常な悲嘆反応の場合にはそっと見守ればいいのですが、異常な悲嘆反応の場合には手当が必要になります。この場合の「異常」は、医学的な意味ではなく、生活や仕事に支障が生じる程度 の強さと期間と考えて下さい。

「グリーフワーク」のプロセスを支えて見守ることを「グリーフケア」と呼びます。過度の悲嘆を自分で処理しきれないときは、専門医によるカウンセリングや薬物療法などが必要になります。

「グリーフケア」の基本は、一時的に出現する感情や行動を、共感的に受けとめることです。日本の社会は、悲しみをこらえるのが大人だと見なされている部分がありますから、あからさま に感情を吐き出すには時と場所を選ばなければなりません。そのような場所がない時は、専門家を訪ねて下さい。

「お気持ちは良く分かります」「いつまでも嘆いていてはダメだ」のような言葉も、タイミングが大切です。新しい人生に踏み出すにもタイミングが大切です。

悲嘆を乗り越える方法として、人に話を聞いてもらう、文章などで表現する、同じ経験をした人と語り合うなどが考えられます。サポートを求める勇気を持って下さい。

適応障害

適応がうまくできないとき、主に自律神経系の症状を呈する。持続的緊張状態の結果、交感神経 の過剰活動となり、症状発現に至る。いったん症状が出ると不安が強まり予期不安から症状の固 定化、さらには悪化を招く。治療は当然適応改善であるが、それは環境と個性の関係の問題で あり、適応が当然よいとも言えない面がある。昔から議論されている論点であり、たとえば次の ように表現されている。

—引用開始
適応ということを心的な健康のただ一つの基準にした医学的精神療法はハインツ・ハルトマンまで遡る。 (中略) 彼は言う。「その生産性、人生を楽しむ能力、心の平衡が保たれていれば、個人はよく適応してると言える。失敗とは、適応の欠如のことである」。(中略)社会制 度自体がそもそも適応に値するかどうかは問われないのである。(中略)
その文化が適応する価値があるかという問いは、深刻に問われない。もしあなたがそれに適応していれば幸福であり、健康であるが、もしそうでなければ病気であり、障害を起こしているの である。かくして適応は、それが適応すべき文化の価値をあらかじめ密かに受け入れている。 ケン・ウィルバー著『進化の構造 上』 P556
—引用終わり

こう言い切っては単純化しすぎであると思うのだが、敢えて言いきった上で、ケン・ウィルバー は適応主義を批判する。わたしはハルトマンの言い分を吟味していないし、部分的な引用を信用 してはいけないと思っているが、ケン・ウィルバーの言葉は正しいと思う。しかし、かなり真剣に問い直したとして、「その文化には適応する価値がある」と納得できる、 よい面が多分にあるはずだと思う。また、社会の側に問題があると結論を出したとしても、そこ から先、どうすればいいというのだろうか。ケン・ウィルバーは体制を鋭く批判する知性として社会体制に組み込まれていると言える。この 社会にかなりうまく適応して機能していると言えるのではないか。彼は執筆することが自分の天 職だと「ダイモン」にまつわる話の中で述懐している。とりあえず困っている人に、そもそもこの文化に適応する価値があるのかなどと言ってみても話 が迂遠すぎると思う。このあたりは文筆家と臨床家の立場の違いということになるのだろうか。 100年か1000年かかけてケン・ウィルバーの思考は浸透し実現するのだろう。一方、患者さんたち はとりあえず早くアルコールをやめたいし、過食をやめたいし、虐待と暴力とニグレクトをやめたいのである。社会を変えるには二つの方向がある。技術の革新などによって社会の仕組みを変えて、その結果 人の思考を変化させる方向が一つ。人の思考をまず変化させて社会を変化させる方向がもう一つ である。前者は比較的速い変化であるが、後者は時間がかかる。トヨタやマイクロソフトは社会 を急激に変えた。結果として人間の思考も変えた。一方、キリスト教の愛の教えは2000年たって、まだまだ静かにのみ人間のこころの変革と社会変革を進行中である。

パニック障害

最近、新聞・雑誌やテレビで、パニック障害の話をよくみかけるようになりました。みなさまも いろいろな話を聞いていらっしゃることと思います。それに伴って、心療内科にも「パニック障 害ではないか」との相談で訪れる方々が増えています。また、かかりつけの一般内科の先生にす すめられて受診する方々も多くなっています。いまでは治療法がほぼ確立しているので、症状はかなりコントロールできます。

最近増えたのだろうか?

昔は、不安神経症、心臓神経症、過呼吸症候群など、さまざまな名前で呼んで、それぞれ別のも のと考えていました。しかしこれらは、「不安が非常に高まった状態」が根本で共通していると 考えられます。その結果として身体にさまざまな症状があらわれます。根本をとらえて、パニッ ク障害と名付けました。とらえ方が変わったため、増えたように感じられますが、昔から多くありました。
最近はよく効く薬物(特効薬といっていいでしょう)が使われるようになり、さらに自律訓練法 や行動療法が効果的であるということが分かって、治療にも希望が持てるようになりました。治 療すれば治る病気なので、このことを一般の方にも医療関係者にもよく知ってもらうことが大切 になってきました。それで、最近よく目にするようになったわけです。「こころの辞典」でも紹 介したように、若い女性に多く、過呼吸症候群をおこして救急車で運ばれる人の数は、東京都で 一年に12000人以上との統計があります。決して珍しいものではありません。

どんなときにパニック障害を考えるのでしょうか?

症状の例をあげてみましょう。「激しい不安」が根本で、さまざまな身体症状が伴います。どの 身体症状が出るかは、人により場合によりいろいろです。

心臓がどきどきする。呼吸が苦しい。
息がしにくい。
のどに何かつまったような感じがする。
めまいや鳴り、ふらつきがひどい。冷や汗が出る。
手足やからだ全体がふるえる。しびれる。
一般内科などで身体の検査をしてもはっきりした理由が見つからない。
死ぬのではないかと思うほどの恐怖。
自分が自分でない感じ。激しい不安。
特定の場所・場面が苦手になる。
例えば、電車、美容院、歯医者などが代表的。

精神病の一種でしょうか?

いわゆる精神病ではなく、心身症の一つと位置づけられています。ストレスと関連して起こる、 ストレス病の一つです。

治るのでしょうか?

大丈夫です。治ります。

原因は何でしょうか?

現在のところ不明です。しかし例えば、乳酸ソーダの話などは参考になるかもしれません。わた したちが疲れきったとき、筋肉には乳酸ソーダという物質がたまっています。一種の老廃物です。この物質を注射すると、パニック発作が起こるという実験があります。つまり、過労状態の時 にパニック発作は起こりやすくなるのです。この他にもいろいろなタイプがあるので、参考程度 のことではありますが、「過労状態を避けること」「疲れたら積極的に休むこと」によって、乳 酸ソーダを過剰に蓄積させないことが予防になると考えることができます。このような面からも、ストレスをコントロールすることの大切さが分かります。

治療はどうしますか?どのくらいの期間かかりますか?入院は必要ですか?

治療は大きく分けて、薬と薬以外に分けられます。
薬物療法については、特効薬もあり、仕事などを中断することなく、手軽に試すことができるの で大変有効です。こみいった話をしなくても、治ることも多くあります。
薬以外では、精神療法、行動療法、認知療法、自律訓練法、生活指導などを組み合わせて用います。
治療の期間は人によりさまざまです。ストレスコントロールが大切なのですが、ストレスをなく するためには仕事や勉強を一部諦めることが必要にもなります。その場合、どの程度妥協できる かが問題になります。多少の不具合をかかえながらも自分の人生にとって大切なことは諦めない ように、調整しましょう。パニック障害が始まってからの年月が長い人は治療にも長い期間が必 要になる傾向があります。生活に支障がない程度にまで回復することを目標として設定するなら、それほど長くはかかりません。入院はたいていの場合必要ありません。

不眠 最近の考え方 薬のやめ方

不眠症・最近の考え方
患者さんの中には睡眠薬を「クセになるのではないかと心配だ」と考えている人がたくさんいら っしゃいます。実際には現在の睡眠薬は、かなり改良されています。昔の薬とは違います。量が どんどん増えたり、「依存性」が生じたりすることはありません。

一度睡眠薬を飲み始めると睡眠薬なしでは眠れなくなってしまうのではないか心配です。
睡眠薬を利用して毎日よく眠れるようにすることが肝心です。よくなれば睡眠薬をやめられま すが、無理をしてやめる必要はありません。使い続けているうちに、自然に飲み忘れる日が増え ていき、「もう飲まなくていいな」と感じることができます。自然にやめられます。

やめ方を教えて下さい。
一時的にストレスがあった場合、不眠症は大変起こりやすいのですが、次のように説明します。
「まず毎日安心して眠れるように睡眠薬を使いましょう。よく眠ることがクセになったら、薬は 自然とやめられるようになります」。過度に心配しなくて大丈夫です。
睡眠薬の減量は、完全に眠れるようになってから、2ヶ月様子を見て、開始します。焦って急にや めると、反跳性不眠(悪夢、中途覚醒)や退薬症状(頭痛、頭重、めまい、不安、焦燥、いらいら)が起こることがあります。その恐怖感からかえって、薬に対して神経質になってしまうこ とがあります。かならず、正しいやめ方をしましょう。一回の量を少しずつ減らしていくか、週 に一回程度の休薬日を設けるか、患者さんの状態によって考えていきましょう。わたしたちは一 日量1→3/4→1/2→1/4→0というような減らし方をおすすめしています。
その際に少しでも不眠が再発したら焦らずにしばらく減量は中止します。体調が回復すれば必ず やめられるのです。

長い間の不眠です。体質でしょうか。
一方、体質的に慢性の不眠症の患者さんがいらっしゃいます。その場合には、10年、20年と長期 連用しても問題ありません。そうした患者さんは副作用もなく、適切な睡眠習慣を維持し、人生 を広げています。睡眠薬を適切に使用して、「自分が睡眠をコントロールできる」という自信 を持って下さい。そこから人生全般に対しての積極的な姿勢も生まれ、人生を拡大することがで きるようになります。無理に薬を止めて、不眠が再発し、自信をなくし、人生が萎縮する、それ が一番残念なことだと思います。よく相談しましょう。専門医はあなたを守ります。

睡眠障害対処12の指針(厚生労働省 平成13年度研究班報告より改編)

睡眠時間は人それぞれ、日中の眠気で困らなければ十分。睡眠の長い人、短い人がいて、季節によっても変化する。8時間にこだわらない。歳をとると必要な睡眠時間は短くなる。 刺激物を避け、寝る前には自分なりのリラックス法。就寝前4時間のカフェイン摂取は避 ける。就寝前1時間の喫煙は避ける。軽い読書、音楽、ぬるめの入浴、香り、筋弛緩トレー ニングなどのリラックス法。
眠くなってから床につく、就寝時刻にこだわりすぎない。眠ろうとする意気ごみが頭をさえさせ寝つきを悪くする。
同じ時刻に毎日起床。早寝早起きでなく、早起きが早寝に通じる。日曜に遅くまで床で過ごすと、月曜の朝がつらくなる。
光の利用でよい睡眠。朝、日光にあたる。日光を浴びると脳内のメラトニンが調整される。規則正しい3度の食事、規則的な運動習慣。朝食は心と体の目覚めに重要、夜食はごく軽く。運動習慣は熟眠を促進。
昼寝をするなら、午後3時前の20〜30分。長い昼寝はかえってぼんやりのもと。夕方以降の昼寝は夜の睡眠に悪影響。
眠りが浅いときは、むしろ積極的に遅寝・早起きに。寝床で長く過ごしすぎると熟眠感がなくなる。
睡眠中の激しいイビキ・呼吸停止や足のぴくつき・むずむず感は要注意。背景に睡眠の病気があることがある。専門の治療が必要。
十分眠っても日中の眠気が強いときは専門医に。長時間眠っても日中の眠気で仕事・学業に支障がある場合は専門医に。車の運転にくれぐれも注意。
睡眠薬代わりの寝酒は不眠のもと。睡眠薬代わりの寝酒は、深い睡眠を減らし、夜中に目覚める原因となる。睡眠の質が悪くなる。
睡眠薬は医師の指示で正しく使えば安全。一定時刻に服用し就寝。アルコールとの併用はしない。生活の質の改善を目指す。

自律神経失調症

自律神経とは

末梢神経には随意神経と自律神経があります。自律神経は交感神経と副交感神経から成り立って います。自律神経の失調状態とは、交感神経と副交感神経の働くタイミングがうまくいかず、バ ランスが失われた状態をいいます。たとえとして、自動車を思い浮かべて下さい。交感神経はア クセル、副交感神経はブレーキと考えてみましょう。日中の活動中は交感神経が働いています。 そのとき副交感神経は休んでいます。寝ている時には副交感神経が働きます。そのとき交感神経 は休んでいます。つまり、アクセルを踏む時はブレーキは離し、ブレーキを踏む時にはアクセル は離しています。アクセルとブレーキのタイミングが悪いと、困ったことになります。交感神経 と副交感神経が同時に働いたとすれば、アクセルとブレーキを両方同時に踏み込むことになり ます。これではいくら何でもうまくいきません。このあたりのタイミングの調整については、普通は人間が意識しなくても自動的に行われています。

症状
自律神経はどんな部分の調整をしているのでしょうか。不調になった場合、その症状としてはど のようなものがあるでしょうか?代表的なものを一部分だけあげてみましょう。

全身……疲れ易さ、不眠、食欲不振呼吸……息苦しさ、過呼吸発作
心臓……動悸(ドキドキ) 血液循環……冷え症・ほてり汗……冷や汗、多汗
耳……耳鳴り、めまい頭……頭が重い、頭痛
精神面……イライラ、ゆううつ、やる気が出ない、不安、緊張、怒りっぽいのど……のどのあたりにに何か詰まっている感じ
生殖器……インポテンツ
筋肉……肩こり

自律神経失調症は、昔から若い女性と更年期の女性に多いといわれてきました。ストレスに悩ん でも解消の方法がなかった人たちに多く発生したのでしょう。さらにホルモンの変動が病状を悪 化させるわけです。現代では男性も同じです。逃げられないストレスに毎日持続的にさらされて いると自律神経の働きが乱れてきて、症状が始まります。

治療はどのようにしますか?
1.まず症状の成り立ちを正確につかむ。
表面に現れている症状が自律神経失調症状であり、その原因が自律神経の乱れであるというとこ ろまでは多くの人に共通していますが、乱れの原因についてはさまざまです。

・生活習慣の乱れ……不規則な食事、栄養の偏り、睡眠時間の不足、不規則な睡眠リズム。これ らは生活習慣の乱れとしてまとめることができます。これは自律神経の乱れの原因でもあり、同 時に結果でもあります。
ホルモンを含めた身体状態・体質……更年期障害に代表されるように、ホルモン状態が不安定だ と自律神経の調整が乱れてきます。

・性格傾向……自分をおさえて他人に合わせる人、感情を自由に発散する環境にない人、このタ イプの人は適応過剰になりやすく、自律神経症状を呈しやすいことがわかっています。また環境 に合わせきれずに、不適応を起こす人も多いものです。このタイプの人は典型的なストレス病を 呈します。性格のチェックには面接と心理テストが役立ちます。

・ストレス・過労……性格と関連しますが、ストレス・過労状態を長い間続けていると自律神経 が乱れてきます。過労状態では常に緊張を強いられます。しかし緊張状態のままでは充分な食事 やよい睡眠が得られません。緊張とリラックスの適度なリズムが必要なのです。慢性ストレス・ 過労状態は、わたしたちのこころとからだのリズムを奪います。

2.適した治療法を選択する。
生活指導(食事、睡眠、運動、人間関係、その他) 薬物療法(漢方薬も積極的に活用します)
精神療法(カウンセリング)
自律訓練法(自分で手軽にできるトレーニングです)
これらの治療法があります。症状の成り立ちがきちんと把握されていれば、治療法の選択も合理 的にできます。お気軽にご相談下さい。

過敏性腸症候群(IBS)

「このごろ下痢でお腹が痛い。トイレに行って出してしまうと落ち着くんだけれど、またお腹が 痛くなる。そんなことの繰り返しで、外出もおっくうになってしまう。仕事に支障が出ている。 会社ではリストラの話も出ているのに、こんな体調では目をつけられてしまう。胃腸科で調べて もらったけれど、特に悪いところはないといわれた。病名は過敏性腸症候群というそうだ。スト レスに関係する病気で、心療内科に行けば相談できるらしい。」
そんなわけで、過敏性腸症候群の人が心療内科ににいらっしゃいます。

過敏性腸症候群は過敏性大腸症候群と同じものをさしています。診断の手がかりとしては、以下 の項目のうち、6つ以上あてはまれば、疑わしいといわれています(川上先生の表をアレンジして ストレス・マネージメント・パワー・グループの考え方を紹介します)。
血液検査やエックス線検査で異常がないことが前提になります。また、お腹の調子以外に自律神 経症状がないかどうか、ストレス関連症状がないかどうか、細かく調べることも必要です。

子供の頃、腹痛をおこしていた
激しい腹痛で、救急で医者に診てもらったことがある以前からときどき腹痛がある
お腹をあたためると腹痛が軽くなる排便すると腹痛が軽くなる
下痢、便秘、ガスがたまるなどで困る排便すると腹痛が起こる
腹痛を伴う下痢がある
下痢と便秘が交代でおこる
下痢と便秘が以前からときどきある
うさぎの糞のようにころころした便である
うさぎの糞のようなころころした便が出て腹痛がある便の中に粘液がまじっている
病型として分類すると、1.下痢型、2.便秘型、3.下痢と便秘の交代型、4.ガスがたまってお腹が張るタイプなどがあります。

原因

過敏性腸症候群ではストレスが原因となり、自律神経の異常が発生し、腸に症状が出ると考えら れます。
ストレス‥‥原因の中でもっとも多く、重要なものと考えられています。仕事のストレス、家庭 のストレス、学校のストレス、更年期のストレスなどがあり、いくつかのストレス要因が重なっ ている場合もしばしばあります。

性格‥‥神経質な人、気にしやすい人、責任感が強い人、几帳面な人などにおこりやすいようです。もちろんそれ以外の人にもおこります。

体質‥‥もともと胃腸が弱い体質の人がいます。遺伝的に胃腸が弱い人もいます。このタイプの 人はストレスが胃腸に出やすいようです。

食事‥‥暴飲暴食、食欲不振、過量のアルコールなど、心当たりはありませんか? 睡眠‥‥睡眠不足はストレスの原因でもあり結果でもあります。

治療

「症状に応じた手当」と、「原因に応じた治療」の二つを考えます。
まず「手当」です。症状は下痢、便秘、ガスなどですから、それらを調整する薬を使いましょう
。下剤や下痢止めですね。弱いものから強力なものまで、さまざまあります。ヨーグルトを食べ ることも勧められます。一日200グラム程度を持続してみて下さい。ヨーグルトにきな粉を混ぜる こともしばしば勧められます。これだけですべて解決するわけではありませんが、症状が少しで も緩和されれば、自分の状況についてゆとりを持って見通しよく考えることができるようになり ます。

「原因」に応じた治療としては次のようなものがあります。

充分な睡眠

ストレスに対抗するために睡眠はとても大切です。睡眠を確保する工夫をしましょう。眠れない
ときには薬の助けを借りることも検討してみましょう。

食事の見直し

規則正しい食事、バランスのとれた食事内容が大切です。ゆっくり、楽しみながら食事ができて いますか?

ストレス解消

これは言うほど簡単ではありませんね。仕事がストレスと分かっていても、どうしようもない状 況で、多くの人は働いています。しかしそれでも、なんとか、現在よりも少しでもしのぎやすく するために、一緒に工夫を考えましょう。瞬間的な大きなストレスも大変な苦しみですが、持 続的・慢性的な、耐えられるぎりぎりのストレスも大変苦しいものです。

自律訓練法

短い時間で簡単にできます。何度かトレーニングして身につけて下さい。ストレス・マネジメン トの初級編です。

カウンセリング

お話の中で自分の置かれた状況を整理してみましょう。話しても何も変わらないとあきらめない で下さい。自分が変われば周囲が変わることもあります。時間を稼いでいるだけでも大きな希望 がもてます。時間がたてば少しずつすべてが変わるものです。

性格傾向の把握

心理テストなどを使って自分の性格傾向をつかみましょう。それを生活改善に役立てましょう。



ときに漢方薬や西洋薬で調整して、それが回復のきっかけになることがあります。話し合ってみ ましょう。

月経に関連した気分障害(Premenstrual Mood Disorder)、PMS、PMDD

最近では月経に関係した気分不安定(身体的不安定を伴うこともある)をまとめて月経に関連し た気分障害(Premenstrual Mood Disorder)と呼ぶ。1890年代にはMenstrual Psychiatric Disorderと呼ばれたものである。現在の月経に関連した気分障害(Premenstrual Mood Disorder)を細分すると、PMS(Premenstrual Tension Syndrome)やPMDD(Premenstrual dysphoric disorder)がある。PMSは1953年から用いられている用語で月経前緊張症候群と訳される。最近ではTension「緊張」を省略して、Premenstrual Syndrome(月経前症候群)をPMSとすることも多い。PMDDは1994年DSM-IVから用いられている用語で月経前不快気分障害と訳される

女性の場合、月経に関連した気分障害(Premenstrual Mood Disorder)は20代から50代まで及ぶ。女性の20〜40%が経験し、2〜10%は仕事や人間関係に支障を来していると報告されている(1995 米国)。

そのなかで月経前緊張症候群または月経前症候群(PMS)は、症状に個人差が大きく多彩であ るが、身体症状として多いのは「食欲の変化、吐き気・嘔吐、頭痛、腹痛、乳房緊満感、のぼせ・発汗、疲労・倦怠感、浮腫(むくみ)」などであり、精神症状としては「不安・抑うつ、緊張、睡眠異常、焦燥感(イライラ)、情緒不安定、集中力・判断力の低下」などである。

月経前不快気分障害(PMDD)の症状はPMSの精神症状の重症型と位置づけられる。「著しい抑うつ 気分、著しい不安、著しい情緒不安定、活動に対する興味の減退などの症状が過去1年にわたって ほとんどの月経周期の黄体期の最後の週に周期的に現れ、月経の次の週には消退するパターンを とる」ことが特徴とされる。原因として黄体ホルモンの関与が考えられるものの、患者の血中プ ロゲステロン濃度にほとんど変化が認められないことから、黄体ホルモンのみで発生機序を説明 することはできない。PMDDのリスクファクターとして、1.ライフイベント・ストレス、2.経産回 数が少ない場合、3.気分障害などの精神科既往歴のある場合、4.遺伝(双子研究で優位差あり)が あげられる。

PMSの診断にはICD-10を用いる。「精神症状がマイルドであり、黄体期の身体症状として腹部 膨満、胸部圧痛、体重増加、腫脹、疼痛、集中力困難、食欲の変化」のなかの一項目でも該当す ればPMSとする。
PMDDの診断にはDSM-IVを用いる。PMDDは「特定不能のうつ病性障害」に分類されており、仕 事や人間関係が損なわれることがある。
治療についてはSSRIが有効であると言われ、北米、豪州、韓国ではPMDDに対してSSRIの適応が 認められている。日本では認められていない。PMDDにおいては、うつ病の場合よりも効果発現 が早い、血中セロトニン濃度異常があるなど理由から、SSRIが第一選択薬として積極的に用いる べきだと提唱されている。副作用として悪心嘔吐があるが、1〜4週の服用継続で消失することが 多い。投与法としては間欠投与法が勧められている。症状悪化時期を推定しつつ用いるもので、 合理的である。
付随的なものとして、認知行動療法が有効。家族に対して精神療法的なアプローチが有効。むく みに対して利尿剤、痛みに鎮痛剤を用いる。性ホルモンは効果ないものの、40歳以上の女性に対 してはホルモン補充療法として使用することがある。抗不安薬はSSRIが効かなかった時の第二選 択薬であるとされている。
現状では日本ではSSRIよりもエチゾラムなどの抗不安薬が選択されることが多いと思う。それで 充分にコントロールできると思うが、今後SSRI以降の薬剤にシフトしてゆくのだろう。

めまい

めまいで悩む人のなんと多いことでしょう。それでだけではありません。「どんなめまいですか?」と聞かれたとき、ことばでうまく伝えられずに悩む人のなんと多いことでしょう。

「めまいがする」といってもその内容には実にさまざまな可能性があります。めまいで悩んでい る人はまず、耳鼻科か神経内科または脳外科を受診してみて下さい。そこでは詳しい問診、身体 診察、血液検査、さらに必要に応じてMRIまたはCTなどの検査が行われます。耳鼻科では聴力検査やめまい誘発テストを行うこともあります。診察の結果が出ると、脳血管障害、耳鼻科的問題、メニエール病、貧血などと説明されるでしょう。しかしそのような可能性が否定され、「特に どこも悪くないですね。ストレスじゃないですか?」と言われる人も多いのです。

どこも悪くないと言われても納得できませんよね。「でも、めまいはあるんです。わたしはどう したらいいんですか?」とあなたは言うでしょう。先生は「では心療内科で相談して下さい、ス トレスの方面の専門ですから。紹介状を書きますね」と言うでしょう。
先生に手渡されたパンフレットには心療内科の説明が書いてあります。近いから明日行ってみよ うと思います。「自分のめまいをどう説明すればいいのだろうか、自分の説明が悪いから原因が 見つからないのではないか」そんな風に悩やみつつ、あなたはクリニックを訪ねます。

診察
というわけで、心療内科の診察室です。あなたにお尋ねしたいのは次のようなことです。次のような言葉がどれか当てはまりますか?
・天井が回転する。
・自分がふらふらする。雲の上を歩いているよう。
・血の気が引いていくような感じ。気が遠くなるような。どんなときに起こりやすいか、気づいていますか?
めまいはこの一ヶ月で何度くらい起こりましたか?
めまいが起こったらあなたはどうしていますか?横になってしまいますか? 一回のめまいはどのくらい続きますか?一日?2時間?20秒?
めまいの他に症状はありますか?たとえば、耳が聞こえない、耳鳴り、耳の圧迫感、ほっぺたの あたりがぴりぴりする、言葉が不明瞭になる、頭痛、肩こり、下痢など。
薬は飲んでいますか?健康食品などは使っていますか?

自律神経失調症

自律神経症状の特徴
血液検査でもMRIなどの写真でも異常がない場合、自律神経失調症としてとらえてみてはどうか、 と考えてみることになります。自律神経症状とは、頭痛、耳鳴り、下痢、便秘、疲れ易さ、不眠、食欲不振、動悸、息切れなどを指しますが、めまいも自律神経症状のひとつです。ストレスが 関係した自律神経失調症または心身症の見立てには次のような特徴が参考になります。

・長い間、出たり消えたりして続いている。
・季節や環境が変わると出てくる。
・体調の変動が影響している。
・生理周期と関係あることもある。
・めまい止めの薬は多少役に立つが、安心できるほどの効き目ではない。
・小さい頃から吐いたり腹が痛くなる体質だった。
・ストレスの多い生活をしている。
・充分に休養すると多少は楽になる。
・疲れやすい。
・冷え症がある。

また診断には心理テストが役に立ちます。不安の程度、ストレスの程度、不安に対処する能力、 ストレスを解消する能力、他人とどのようにかかわっているか、環境適応の程度、さらには更年 期の程度なども加えて、心理面を把握します。

治療は大きく分けて3つの分野があります。

  1. 薬の工夫。通常のめまい止めの他にいろいろな考え方ができます。漢方薬なども適切に選択すれば役に立ちます。
  2. 自律訓練法。自律訓練法はストレスに対処する力を高めてくれます。しばらく練習してみて下さい。上手になれば薬を減らすことができます。
  3. ストレス・コントロール。これが一番大切です。生活のいろいろな側面をチェックしてみまし ょう。若い頃と同じように無理を続けていませんか?ストレスをストレスと認識できるようにな ることが最初の課題です。

頭痛・片頭痛

医者であり、一般向け読み物のライターでもあるオリバー・サックスに「偏頭痛百科」という本 があり、翻訳も出ています。最新の知識とは言えませんが、頭痛の苦しみはよく伝わってきます。頭痛の原因を調べてみると、MRIやCTで何か病変が見つかることは圧倒的に少ないようです。 大部分は写真に原因が写らない慢性頭痛です。致命的なことはありませんが、生活を大きく制限 することも多いものです。
片頭痛は(偏頭痛とも書きます)必ず片側でもありませんし、腹痛が実は片頭痛発作の変形だっ たというような「頭痛なき偏頭痛」についての議論もあるほどで、わかりにくい分野です。
しかし最近は大きな進歩があり、予防薬、治療薬ともいろいろと選択できます。患者さんも治療 者も、多少は楽になりました。

分類
大胆に単純化して分類すれば、まず血管性(片頭痛)、緊張性(肩こりの延長)、心因性(スト レス)の三種に分けて考え、次にさらに細かい分類に進む、と考えたらいいと思います。これら いくつかの頭痛が一人の人に混在していることもあります。このあたりの見立てが大切です。 頭痛の診断には、精密な問診が重要です。さらに心理的要因が深くかかわっていることも多い ので、症状だけではなく、生育、性格、生活状況、ストレス因子、これらの把握が必要になり ます。
頭痛の相談ではどんなことを伝えればよいですか?
診察室でお伺いしたいことは次のようなことです。あらかじめまとめておいて、お話しいただけ れば幸いです。

どこがどんな痛みか、詳しく。
たとえば、次のようなことです。「ズキン、ズキン」「ガツン、ガツン」「拍動性」「痛いと言 うより、重い感じ」「頭がしめつけられる感じ」「頭に帽子をかぶったような」「ジワーッと
」「頭の片方が」「後頭部が」「目の奥のあたりが」「刺すように」「耳の奥で響くような」いつ始まって、どのくらい続くか。
たとえば、「朝に起こり、5分くらい」「夕方に始まり、夜まで」「寝ているときにも」など。 起こりやすい状況は何かあるか。
たとえば「生理との関係」「食事との関係」「睡眠との関係」「仕事」「ストレス」。頭痛前後の頭痛以外の症状。
たとえば、「吐き気」「涙目」「めまい」「図形が見える」「肩こりがひどい」など。
頭痛が始まったら、あなたはどう過ごしているか。楽になる方法があるか。「一日横になってし まう」「5分くらい我慢する」など。
何歳頃から始まったか。年齢が進むにつれてどう変化しているか。家族に頭痛の人はいるか。

治療 はどのようにしますか?
1 薬
大きく分けると、痛くなってしまってからの薬と、痛くならないように予防する薬とがあります。患者さんの個別の特徴に合わせて、片頭痛薬、鎮痛剤、抗セロトニン薬、βブロッカー、カルシ ウム拮抗薬、抗てんかん薬、抗うつ薬、漢方薬などを工夫して処方します。適切な選択に成功す れば楽になります。ただ単に「このタイプの頭痛だからこの薬」というわけではないところが難 しいところです。下記トリプタン系薬剤を参照。

2 生活調整……頭痛のひきがねを発見して回避する
自分の頭痛のひきがねについてある程度わかっている人も多いものです。代表的なものをあげます。

  1. 生理……生理前、生理中、排卵期、更年期など。生理との関係に気づいている人は多いものです。
  2. 睡眠……寝不足など。
  3. ストレス……なんといっても一番多い。けんかした次の日にひどい頭痛が始まって、一日何もできなかった、など。
  4. 食事……チョコレート、赤ワイン、チーズ、ナッツ。わかっている範囲で避ければいいでしょう。

3 頭痛日記 が役に立つ
2であげた「頭痛のひきがね」を再度考えてみると、生理にしても睡眠にしても、「心身全体の 調子が落ちている」ことが背景にあるようです。そうした生活と体調の総合的な様子をつかむた めに、頭痛日記が役に立ちます。頭痛が始まったとき、終わった時を中心にして、睡眠、食事、 対人関係、仕事、などを書き加えて日記をつけます。そのなかから生活調整のヒントをつかむわ けです。診察の時にとても参考になります。また、薬剤使用の時間を加えればさらに役立ちます。

トリプタン系薬剤
片頭痛についてはトリプタン系薬剤が特効薬として使われている。日本で保険適用可能な製品名でいうと、イミグラン、マクサルト、レルパックス、ゾーミックの四種がある。片頭痛は脳血 管の収縮と拡張に伴って生じると言われ、トリプタン製剤は脳血管セロトニン系に作用して脳血 管の過剰な拡張を抑制すると言われる。三叉神経を介しての作用も言われている。
保険適応症は片頭痛のみ。イミグラン注射は群発頭痛にも適応がある。実際には片頭痛と筋収縮型頭痛の混合型もあり、その場合にも効果があると思われる。服用については、一日一錠で充 分である。2時間を置けばもう一錠服用可能と説明されるが、追加するよりは、パキシルなどを併用するか、片頭痛予防薬であるミグシスを併用する方がよいようである。四種薬剤の使い分けが 問題となる。確かに効果の早い遅い、副作用の違いは言われるところであるが、各個人で試して みて確認するしかないようである。実験の数値は参考程度だと思う。現状では大雑把に体質とし か言いようがない。即効性についてはイミグラン点鼻液が優位。口腔内速崩錠のあるマクサルト とゾーミックについては、よい点でもあるが、扱いが難しいのが難点である。レルパックスは親切なパッケージで特徴がある。週に一錠、多くても週に二錠くらいが目安と思う。それ以上使う ようであれば、生活の見直し、他に基礎疾患がないか見直し、さらにSSRIや予防薬ミグシスの併用を考慮する。

副作用については、一般的に安全性の高い薬剤であるとの印象がある。
脳血管に選択的ではあるが冠動脈にも若干の作用をもつので、心臓の悪い人、脳血管障害の既 往のある人、血圧が極端に高かったり低かったりする人は注意が必要である。エルゴタミンおよ びエルゴタミン誘導体との併用は禁忌である(24時間)。ジヒデルゴットは低血圧の治療によく使わ れている。片頭痛の患者は低血圧患者が多く、この薬が使われている可能性が高いので注意する。
セロトニン系を介するのでセロトニン薬SSRI(ルボックス、パキシルなど)とは併用注意であ ると記載されているが、実際にはたとえばパキシルは片頭痛を予防する方向で作用するとの印象 がある。私たちの治療する患者さんはうつ傾向のある人たちが多いからかもしれない。
くも膜下出血・髄膜炎など生命に危険のある頭痛に安易に用いて診断・治療が遅れることはよくないので、鑑別診断が大切である。

片頭痛患者にはトリプタンの効果が不十分なケース、いわゆるnonresponderが存在する。トリプタンが効果不十分となる要因として、片頭痛時には胃内容停滞がおこり、経口薬の吸収を遅延 することがあげられる。その場合にはイミグラン点鼻液を試みる。

片頭痛予防薬ミグシスは大変有用と感じている。長年続いていた「閃輝暗点」が消失したという人が何人もいる。

痛みと妄想

相談者の語る話を聞いて妄想なのかそうでないのか判断することが難しい局面がある。

たとえば、キムタクがわたしを好きで、毎晩会いに来る、というのなら、だいたいは妄想だろう と思う。
逆に、わたしはキムタクが大好きで、いろいろ集めていると言えば、たぶん普通の範囲だろうけ れど、妄想かもしれないと疑いは残る。
キムタクがあなたを好きかどうかはキムタクに聞いてみれば分かることで、妄想かどうかの検証 はしやすいし、常識が教えるものがある。
あなたがキムタクを好きかどうかは、特に妄想というほどのことでもないが、妄想か否かを判定 する手だてに乏しい。

特に判断に困るのが内蔵系・筋肉系の痛みである。腹が痛いとか、腰が痛いとか、立って歩けな いほどだとか、訴える。
夏樹静子さん著「椅子が怖い」「心療内科を訪ねて—心が痛み、心が治す」とか柳沢桂子さんの 本に書かれている。
整形外科や内科で身体的検査を繰り返す。血液検査や患部と疑わしい部分の写真を参考にして、 訴えを説明できるだけの所見が得られない場合、心因的なものではないかと疑う。診断名として は身体表現性障害、心因性疼痛などが用意されている。

たとえば腰痛に限定してみる。腰のあたりのMRIでは特に所見がないとき。牽引やMS温湿布をす るのだけれど、心配の仕方としても過剰なような印象がするとき。そんな場合に心療内科がリエ ゾン・コンサルテーションに呼ばれる。
腰痛の原因としては、まず写真に写る腰のあたりの問題がある。細かく言うと神経根の圧迫の 問題、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、腰椎分離症、腰椎すべり症がまずあげられる。脊椎変性 症などという言葉も使う。腫瘍や血管性の病変の可能性もある。「排尿、尿意コントロールが 困難、肛門・生殖器のあたりのしびれ、両足のしびれ・異和感・脱力、足のふらつき」などがあ る場合には器質性の可能性が高いと言える。

次には、写真には写らないような筋膜炎(MyalgiaまたはMyofacial Pain Syndrome 筋膜性疼痛症候群)や関連痛(痛みの原因は局所にはなく、離れた場所が原因だという場合、これは解剖学的 に説明可能)などの可能性を考える。

最後に心因性疼痛を考える。
しかしいろいろと困難はある。
まず、写真の所見と症状とを因果関係ありと認定するのが難しい。腰が痛くない人でも、写真を 撮れば腰椎の異常は見つかることも多い。老化が主な要因だからだ。誰にでもある程度の変化を 病気の原因として特定している可能性がある。

次に、腰痛を訴える人に対して、写真を提示して、「ここの圧迫のせいで痛いんです。治りは悪 いですが、牽引をしてだめなら手術も考えましょう」などと言われると、病状は固定してしまう。これも問題である。活動を制限し仕事を長く休むほど病状は固定し悪化するとの報告もある。 しかし一方、局所の状態が悪いから、動けないし仕事も無理だとの論理も成り立つ。

次には骨は写真によく写るが、筋膜炎などになると写りにくいことで診断がつきにくいことが問 題である。伝統医学の鍼灸などは筋炎の場合にトリガーポイントを刺激することで痛みを解決し ているらしい。

本人が痛みを訴える場所と炎症の場所が離れている場合も、見落としがちである。

ここまでの手続きを経過して、やっと心因性疼痛の検討である。
検査所見で全く問題がなく、筋炎、関連痛の可能性もないとなったとき、心因性疼痛を疑う。こ の場合は症状は解剖学に一致しないことが多い。固定している人もあるが、浮動性の場合もある。多くは他にも悩みを抱えている。ある種の性格特徴がある。背景に糖尿病などが隠れていることがあるので、きちんと除外する。

ここまで来て、最初の問題が浮上する。その痛みは妄想かもしれない。痛みの実体はなく、ただ 固い信念だけがあるのかもしれない。しかしそれを妄想と確定する手段がない。

心因性といっても、完全に妄想の領域のものもあれば、持続的な交感神経興奮→血流不全→内因 性発痛物質の蓄積→痛み・コリといった経路も考えられる。これは心因性疼痛と筋膜炎の混合のような状態である。

このような事情で、腰痛、腹痛、めまい、頭痛など、診断・治療とも困難な例も少なくない。

ストレス脆弱性モデル

精神病の原因については長い間、生物学説と心理学説の交代が振り子のように続いてきた。しか し実際には両方の要因があるだろうということで、ストレス脆弱性モデルで説明している。
もともと生物学的に脆弱性(Vulnerability)があり、そこに過剰なストレスが加われば、発病するとする。
コップと水でたとえてみよう。
生物学的脆弱性とは、コップは平均200㏄であるのに、生まれつき100㏄ということだ。注がれる 水がストレスとして、水が50㏄であれば、どちらも特に問題は起こらない。注がれる水が150㏄で あれば、200㏄のコップは大丈夫であるが100㏄のコップはあふれてしまう。水が300㏄であれば、どちらもあふれてしまう。
このように、生まれつきの要因(つまり脆弱性)もあるし、後天的な要因(つまりストレス)もあると いうことだ。自分は100㏄なのだと認識して、ストレスを100㏄以内にすれば安全に暮らせる。そ のためにSocial Skillをトレーニングする(SST)。

社会不安障害(社交不安障害・対人恐怖・SAD)入門

社会不安障害(SAD :social anxiety disorder)について
最近は社会不安障害の用語を耳にすることも多くなった。従来日本では「対人恐怖症」または「対人恐怖」とよんでいた病態 が近く、しかもそれは社会不安障害よりも広い概念である。海外でもtaijinkyoufuとして確定された概念と認識されている。SAD :social anxiety disorder の翻訳語は社会不安障害として確定されている。社会はsocialの直接の翻訳語であるが、対人関係とか、人付き合いとか、もっとはっきり言えば「他人」が問題である。
概ねを言えば、社会不安障害では「他人に見られること」や「他人に判断されること」に過度の不安がある。自分の行動が「 他人から否定的に評価されることを常に恐れて」いる。対人緊張が高まると、震え、赤面、動悸、悪心などの身体症状が生 じる。しかしここまでならば単に対人緊張の強いシャイな人である。ここから回避行動が生じ、予期不安が見られる場合、 SDAと診断されることになる。回避行動とは、行くべきところに行けないこと。たとえば会議に出席できない。好きなコンサ ートに行けない。学校に行けないなどである。予期不安は、不安な場面を頭の中でリハーサルして何度も不安を体験してしま うことである。SADと診断する際には社会活動に制限が生じることが目安になる。また、彼らは自分の不安を不合理であると 明確に自覚している。それなのに不安を止められないと悩んでいるのである。「不合理の自覚」は強迫性障害診断においても 大切とされている点なのであるが、確認は容易ではない場合もある。
SADの人がどうしても人前に出なければならない時、アルコールの助けを借りることがよくある。そしてそれが常習的になる こともよくある。従って、アルコール症の背後にSADがないかどうか、吟味する必要がある。
SADにも重症度の違いがあり、不安の場面がかなり限定されている場合は軽症、場面が増えてあらゆる場面で不安が見られる ようになると重症タイプになる。
最近では障害有病率は5〜10%程度といわれている。決して少なくない。女性の方が多いと言われている。この内容について は子細に検討が必要と思われる。また20歳代より前の若年層に多いと観察されており、30〜40歳を過ぎて初発するケースは 稀と言われる。社交技術(social skill)が発達するからだろう。診察室では、中学から大学にかけて、学校場面での困難に直面する例が多い。最近の学生は内心を言語化する能力が低いので、診察には苦労することが多い。
SAD患者は未婚者が多く、長じても25%は結婚の経験がない。結婚したとしても、離婚することも多い。親戚づきあいが出来 なかったり、家族ぐるみの交流ができないからだと言われている。
SADと診断された人で、他の病気を同時に診断される人が50%もいる。多いのはうつ病であり、SADの20%はうつ病と言われる。これは社会生活に制限が生じ、同時に家庭生活にも制限が生じるので二次性にうつ病になったと考えることも出来るし、も ともと原発性にうつ病の人が、人づきあいの面で制限を感じて、結果として社会不安障害と診断される面もあると思う。ア ルコール症は当然多く、自殺未遂も多い印象がある。
病気としてのSADと「内気な性格」、あるいは「回避性人格障害」の鑑別は困難な問題になる。ポイントは社会生活に制限支 障が出ればSADと言うべきであることである。本人または家族が実際の不利益を被れば、SADと診断して治療を開始すべきだ と思う。また、スキゾタイパル人格障害、スキゾイド人格障害、パニック障害との鑑別も必要である。パニック障害の場合 には一人でいる方が不安が高まり、誰かと一緒にいたがる。一方、SADの場合には、他者と一緒にいることが苦痛である。 治療はまずSAD単独の病態なのか、うつ病やアルコール症をも併発している病態であるかを鑑別診断する。併発病があれば当 然治療すべきである。併発率が最も高いのはうつ病であり、かつ、SADそのものについてもSSRIが有効であるから、これが第 一選択薬になる。フルボキサミン(商品名ルボックス)を最初50mg、徐々に増量して3週後に150mg、その後経過を見て150mgを維持量とするか、300mgまで増量して維持量とする。副作用は口渇と便秘程度で、重篤なものはない。奇異な反応 があったら注視して観察する。
効果発現まで2週から4週が目安になるが、データからは3ヶ月を経過してからでないと、効果の有無を結論できない。ここで 注意したいのは、3ヶ月の後に無効であったとして、無駄なのかと言えば、そうではないことである。併発しているうつ病う つ状態については改善が見られていることが多い。結論としては、最適維持量を最低3ヶ月は継続すべきである。
指摘されている事実として、薬剤開始1週目で不安が強くなる場合がある。これはSADだけではなく、GADの場合にも、フルボ キサミンで見られる現象である。しかし、その後不安が低下して、次に回避行動が低下するので安心していい。実際にはLSASという社会不安尺度で測定して論じている。この1週目の不安の増大に対してはベンゾジアゼピン系抗不安薬(たとえ ばソラナックス、ワイパックス、メイラックス)を用いて、不安を抑える戦略がよいだろう。この際にクロナゼパム(ランドセン、リボトリール)も勧められるが、日本ではてんかんの病名がなければ使用できない。
フルボキサミンの他に日本ではパロキセチン(パキシル)を使用することができる。初回20mgで開始して、40〜60mgまで増 量し、3ヶ月維持する。そこで効果を評価する。
ルボックスやパキシルで3ヶ月を経過して、その後維持し、最低一年は継続する。その後に薬剤を減量して症状再発のない場 合には治癒となる。症状再発した場合には同一薬剤を継続する。長期投薬を要する場合の例をあげると、うつ病を併発してい る場合、社会不安障害発症が人生早期であった場合、回避性人格障害を併発している場合、薬剤コンプライアンスが悪い場 合(つまり薬を飲んだり飲まなかったり不安定な場合)、遺伝性のある場合、再発を反復している場合などがあげられる。 SADは有病率が高く、未治療で放置した場合、うつ病やアルコール症を併発する場合が多く、その点でも積極的に治療する意義が高い。薬物療法を1年以上継続した場合に社会生活制限から開放されることが多い。ある程度時間がかかるのは、社交に おいて自信がつくまで時間がかかることも理由である。
結論として、ルボックスを150mg一年飲んでみよう。人生が広がる。

SAD・社会不安障害・本論

「社会不安障害」social anxiety dosorder SAD(社会恐怖social phobiaも同義)

目次
1.社会不安障害とは。簡潔な理解。

2. 用語
(2-1)social
(2-2)anxiety
(2-3)phobia,fear
(2-4)panic
(2-5)agoraphobia

3.不安性障害全般についての理解
3-1.広場恐怖を伴わないパニック障害
3-2.広場恐怖を伴うパニック障害
3-3.パニック障害の既往歴のない広場恐怖
3-4.特定の恐怖症…動物型、自然環境型、血液・注射・外傷型、状況型、その他の型
3-5.社会恐怖
3-6.強迫性障害 compulsive obsessive disorder
3-7.外傷後ストレス障害 post traumatic stress disorder(PTSD)
3-8.急性ストレス障害 Acute stress reaction
3-9.全般性不安障害 generalized anxiety disorder(GAD)
3-10.一般身体疾患による不安障害
3-11.物質誘発性不安障害
3-12.特定不能の不安障害

4.旧来の日本で言う「対人恐怖」との異同
(4-1)視線恐怖を例にとって

5.現実認識

6.背景

7.森田神経質について

8.分析的理解の初歩

以上目次終わり

1.社会不安障害とは。簡潔な理解。

米国流のDSM診断では不安性障害の中の一つに社会不安障害が分類されています。普通の日本 語で言えば、社会不安は、テロや災害などで政治経済が不安定な様子をさすでしょうが、社会不 安障害の内容としては、常識的日本語で考える「軽症対人恐怖」または「対人不安性障害」でお おまかに間違いないと思います。対人恐怖はtaijinkyoufuと英訳されているほど、固有のものなのですが、ここでは簡単に、対人恐怖のなかの軽症・思春期・非妄想型とでもとらえておけばよい でしょう。
簡単に言えば、「他人に注目されて」「恥をかいたら」どうしようと不安が高まることであり、 そのような対人的状況を回避しようとする場合もあることです。
たとえば、このような人のことです。

Aさんは鉄鋼会社に勤務する勤続23年のサラリーマンです。几帳面で責任感が強く、面倒見もいい ので、部下とよく飲みに行きます。4月に昇進して、みんなに祝ってもらいしました。9月になっ て夏休みが開けたころ変調を感じました。会議の席で挨拶しようと思って、頭が真っ白になった のでした。不安、冷汗、動悸、息苦しさを伴っていました。「こんなこともあるのかな、不眠と 過労のせいかな」と思い、しばらくは節酒していました。
昇進した後の仕事も何となく億劫でした。やればできる仕事ですが、後回しにして、机の脇に書 類が一山できています。役員会で急に指名されると何も言えなかったので自分でも驚きました。 いままで経験したことのないことでした。うつのような気もしたのですが、睡眠も食欲も大丈夫 ですし、休日にはゴルフも短歌も昔の通りに楽しめます。
今回大きな会議があり、三ヶ所程度挨拶をすることになりましたが、その原稿がまったく書けま せん。「また頭が真っ白になったらどうしたらいいだろうか」と不安になってしまいます。とう とう不眠症になってしまいました。どうも、会議で上役に向かって何かを言わなければならない 重圧に負けているようでした。会議に出なくてすむなら出たくないとまで思うようになりました。

「他人から注目される場面」としては、大勢の前、目上の人の前、異性の前、挨拶を読み上げる時、電話する時、会食する時、などが多くあげられます。
不安が高まるという精神症状の他に、次のような身体症状が見られます。赤面、火照り、顔の引 きつり、吃音、手や声の震え、発汗、身体硬直、嘔吐、意識消失、頻回の尿意、頻回の便意、公衆便所で排尿できないなど。

米国での調査ではSADの生涯有病率は3〜13%です。これまで治療されていなかった重大な病気と 言えるでしょう。単に「内気」な性格だと考えて治療で治るとは思わなかった人が多かったよう です。さらに人との関わりを避けるので、結果として病院に行こうと思いません。診断も遅れる 傾向にあります。

回避性人格障害との鑑別が必要です。

また不安が限定性か全般性かについて鑑別する必要があります。

さらに強迫性障害と同じで、最初の一回は平気な場合も多く、二回目から苦しみが始まることが 多いとも言われています。また、不安が過剰であり、不合理であることを自覚しています。この 二点で強迫性障害と社会不安障害の同型性が論じられています。
対人距離によって不安感に違いがあり、初対面の人は平気、少し慣れてくると不安は極大になり、家族程度に親しくなってしまうとまた平気になると観察されています。学校が始まって少しの 期間は元気だったのに、次第に閉じこもりがちになるのは、この典型です。社員食堂で同僚と会 話ができない人が、初対面の客とは堂々と話せるのもこのためです。

治療はSSRI(ルボックス、パキシルなど)や抗不安薬(ソラナックス、ワイパックス、デパ ス、メイラックスなど)が有効です。

2. 用語

社会不安障害のもとの言葉はsocial anxiety dosorderです。DSMでは同義語として社会恐怖social phobiaも使われています。
まず言葉の説明をしていきましょう。

(2-1)social

social は、「社会の、 社会的な、 社交的な、社交界の、社会的地位に関する」などの意味があります。social democratic partyなら社会民主党、social workerは社会福祉の仕事をする人ですね。大きく分けると、第一は、人間が集まって集団を作っている、その構造体のことを社会といい ます。社会構造などと使います。第二には社交技術とか社交界とかの言葉で、人と付き合うこと を言います。社会不安性障害で言っているのは、この社交、人付き合い、対人関係のことです。英語で説明するとinterpersonal situation があたるでしょう。

(2-2)anxiety

一般に心配だという程度の意味なのですが、学問的には、恐怖に比較して、対象の漠然とした、 比較的弱く短い、交感神経身体反応を伴う、内的感情と定義できます。
「何となく落ち着かなくて、冷や汗が出たり、動悸がしたり、胃部不快がある」ような状態です。

(2-3)phobia,fear
phobiaは恐怖症。どちらからといえば学問的な言葉です。fearは一般的な言葉で、恐れ, 心配、ときには神への畏敬までを含みます。
恐怖と翻訳します。不安に比較して、対象が明白で、瞬間的で、激しい感情であり、交感神経系 の身体反応を含みます。
たとえば「注射恐怖」の時は、注射の針を見ると、ドキドキして冷や汗が出て、何としても逃げ たいと思い、もがき続け、何かを叫んだりします。

現実にはさして危険でない程度の対象に対して激しい恐れを抱きます。常識的にはそれほど恐怖 しなくてもよいのだと自ら半ば理解していることが多いようです。
対象により分類しています。動物(へび、クモなど)恐怖、対人恐怖、疾病恐怖、不潔恐怖。自 然環境(嵐、高所、水)、血液・注射・外傷、状況型(公共輸送機関、各駅停車<急行<地下鉄<トンネル(後者ほど苦手)、橋、エレベーター、飛行機、自動車運転、閉所、広場)。窒息、嘔吐に対する恐怖。

(2-4)panic

パニックは特に強烈な不安恐怖の状態です。臨床的にパニック障害といえば、(1)強い恐怖、(2)動悸、(3)呼吸困難(特に過呼吸発作)、(4)めまい、ふらつき、(5)手足のしびれ、(6)胃部不快、吐き気、下痢、便秘などの消化管症状。以上のすべてまたはいずれかを呈する状 態を指します。発作は通常15分から30分で全快し、あとに後遺症を残しません。予期不安が生じ、持続することがあり、結果としてうつ状態になり、生活に支障が出ることもあります。平均し て6ヶ月程度の経過で治癒し、治療にはベンゾジアゼピン系抗不安薬、SSRI、三環系抗うつ剤など を用います。心理療法としては支持的カウンセリングや行動療法が用いられます。

パニック障害は広場恐怖を伴うタイプと伴わないタイプとに分類されて統計処理されます。

(2-5)agoraphobia

広場恐怖 agoraphobia 特定の場所・状況に対して恐怖を感じる場合に用いる言葉。広場は一つの典型であり代表である。たとえば、エレベーター、レジの待ち行列、歯医者、美容院、電車な どが多い。患者さん方は、「強制された状態、待ってもらえない状態、自分の都合で抜けられな い状態」がつらいと語る。ここまでくると「広場」の訳語はふさわしくない。
「特定の場所恐怖」と言えばそれでもよいのですが、少し事情があります。プライベートな場所 では、強制もなく、自分の都合だけで動くことができます。パブリックな場所では、自分の都合 だけで何かをしてもらうことができません。電車の中で具合が悪くなっても、急行電車を止めて もらえません。飛行機の中でも同じです。つまり、プライベートな場所は安全であるのに対して、パブリックな場所が危険なわけです。個人的なわがままは我慢しなければならないパブリックな場所という意味で、公共の場所アゴラを代表として、アゴラフォビアと呼んでいます。ヨーロッパの町の中心にあるパブリックな場所がアゴラなのです。

3. 不安性障害全般についての理解

DSMにおける不安性障害分類には次のようなものがあります。それぞれについて解説すること

によって、社会不安障害の位置づけについて明らかにしていきましょう。

1.広場恐怖を伴わないパニック障害
苦手な場所・状況が特にない、いつ起こるか本人にも分からないパニック障害です。睡眠中に起 こることもあります。

2. 広場恐怖を伴うパニック障害
苦手な場所・状況があるパニック障害で、たとえば電車、美容院、歯医者、エレベーター、会議などです。

3. パニック障害の既往歴のない広場恐怖
パニック障害はないのですが、特定の場所・状況が苦手で、できれば回避しようというものです。

4.特定の恐怖症…動物型、自然環境型、血液・注射・外傷型、その他の型
蜘蛛恐怖症などですが、教科書には、行動療法として、蜘蛛になれる方法が図示してあります。 まず蜘蛛の絵に触れる、蜘蛛の写真に触れる、ガラスケースの蜘蛛に触れるなど、段階的に慣ら していきます。

5. 社会恐怖
上記(1)で説明しました。

6. 強迫性障害 compulsive obsessive disorder
これは、本人はばかばかしいと思い、無意味だと思っているのに、反復を辞められない、観念や 行為です。確認強迫をchecker、手洗い強迫をwasherと簡単に呼びます。
obsessional ideaとcompulsive actがあります。ドイツ語でZwangです。儀式や宗教につながる議論があります。

7. 外傷後ストレス障害。post traumatic stress disoeder(PTSD)
戦闘、爆撃、天災などの後に、多くは遅延性に驚愕反応が生じるもの。ベトナム戦争や湾岸戦 争の後、兵士にみられたものが典型。この拡張として心的外傷後ストレス障害が考えられている。

8. 急性ストレス障害(Acute stress reaction)
驚愕反応ともいう。爆撃、火事、地震などでの、近親者の死、財産喪失などの体験に際しての特 殊な激烈な反応。グリーフワークの開始時の混乱とは質的に異なる。

9. 全般性不安障害 generalized anxiety disoeder(GAD)
不安発作(パニック発作)が目立たず、慢性不安状態が持続するタイプの不安症。たとえばPTAの会合、ゴミ出し場所の掃除、子供の学芸会、その他、日常的に反復されるイベントのそ れぞれに対して持続性の不安を抱くもの。

10. 一般身体疾患による不安障害
これは理解了解できる範囲の事項。

11. 物質誘発性不安障害
これも理解了解できる範囲の事項。ドラッグなど。

12. 特定不能の不安障害
これはくず箱。

4. 旧来の日本で言う「対人恐怖」との異同

社会不安障害と旧来日本で呼ばれていた対人恐怖症は全く違った奥行きをみせていてることに注 意が必要です。日本で古くから使っていた言葉、「対人恐怖症」はほとんど日本語の中で日常語彙の一つとなっていますが、意味の包含する範囲は広く、社会不安障害のすべてを包摂しなお余 りある広がりを持っています。従ってここでは、対人恐怖症と社会不安障害の差は何であるかを 指摘しつつ説明しましょう。

対人恐怖 anthrophobia,fear of interpersonal situation,social phobia.avoidant personality disorder

対人恐怖はtaijinkyoufuの用語で語られることもある位、日本で森田以来の研究蓄積があり、特に思春期対人恐怖の研究など独自の説得力があります。
他人と同席する場面で、不必要な程度の強い不安が生じ、そのため他人に不快感を与えるのでは ないか、他人に軽蔑されるのではないかと感じ、そのような対人場面を回避しようとします。
恐怖が過剰であり、不合理であることを自覚している場合もあり、訂正できない確信である場合 もあります。

社会不安障害の名は、妄想性成分を含みません。「自分でもばかばかしいと自覚していながらも おなも不安である、不安を止められない」そのようなものです。強迫性障害と構造としては似て います。一方、対人恐怖症は妄想を含むことがあります。そしてそのまま統合失調症につながる ことがあります。その部分が、対人恐怖症の概念の広がりです。
対人恐怖には軽症型から重症型まであり、思春期の重症型を思春期妄想症と呼びます。性格障害 から統合失調症までを含む概念と考えられます。特徴をあげると、思春期前期に好発、中学後半 から高校後半まで。男性に多い。慢性的に経過。統合失調症の前駆症状として見られることも ある。赤面恐怖、視線恐怖、正視恐怖、体臭恐怖、醜形恐怖、吃音恐怖の形をとることもある。 薬剤は抗不安薬とSSRIなどの抗うつ剤の他に抗精神病薬を用います。

(4-1)視線恐怖を例にとって
視線は人間の一部ですから、視線恐怖は対人恐怖の典型的一亜型です。他人の視線と自分の視線 を区別しています。自分の視線が気になる場合は自己視線恐怖と呼べば正確です。両者につい て病気の深さの程度をおおむね区別することができます。(1)正常範囲内のはにかみ、(2)気にする必要はないと知りつつ過剰に意識してしまう場合(神経症レベル)、(3)妄想性を帯び、しばしば被害的になる(軽度精神病レベル)、(4)統合失調症の部分症状と見なすべき、訂正不 可能な確信(重度精神病レベル)。さて、自己視線恐怖については、妄想性が濃厚な場合が多く、思春期妄想症や統合失調症の一部病態にしばしば見られます。これは自我漏洩症状の一部です。自我漏洩症状には自己臭恐怖、自己視線恐怖、思考(考想)伝播などがあり、本来自己の内部 にとどまるべきものが外部に漏洩してしまい、他者に不快感を抱かせる点が共通です。

社会不安障害にはこのような深い意味での病理はありません。それが対人恐怖との相違です。

5.現実認識

対人恐怖や社会不安障害における種々の不安、恐怖に対して、大まかにまとめると、現実認識に 歪みがあるものとないものとに分類されます。おおむね、醜形恐怖、疾病恐怖、視線恐怖、自己 臭恐怖は現実認識に歪みがあることが多く、精神病レベルの病理と判断されることが多いと思い ます。
一方、高所恐怖、先端恐怖などは通常の恐怖感の延長として考えることができるでしょう。その 点で、神経症レベルの病理といえます。

精神病レベルの病理と神経症レベルの病理はくっきりと分けられるものではなく、動揺しつつ、 両者の間を行き来する場合もあります。

6. 背景

背景に特有の性格傾向や神経症構造を持つことがあり、森田神経質や強迫性障害などは恐怖症と 大いに関係があります。
また、背景に統合失調症などを持つことがあり、思春期にみられる過度の対人緊張は統合失調症の始まりであることもあるので注意が必要です。

7. 森田神経質について

森田は日本において特に多い神経症類型として森田神経質を提唱し、その臨床的特徴の中心とし て対人恐怖症をあげました。森田療法で言う神経質またはヒポコンドリー性基調は病気の基礎的 性格となるが、通常の日本語で言う神経質な性格は不安性障害とあまり関係ないといわれます。森田の神経質な性格傾向をヒポコンドリー性基調と呼び、その上に生じる、感覚と注意の悪循 環を「精神交互作用」と名付け、さらに「とらわれ」にいたることを説明しています。絶対臥褥、音読、作業、読書などを通して、「あるがまま」「目的本意・行動本意」に至るのが森田療法の一部です。

8. 分析的理解の初歩

不安を特に不安神経症として扱い、防衛機制(防衛メカニズム)などの概念を用いて説明したの が初期フロイトです。中絶性交のような「欲求不満に終わる性的興奮」を病因として想定してい ました。フロイトはその後発展的に大きく方向転換しました。一方「夜と霧」などで有名なフラ ンクルは現存在分析などを通じて実存神経症の分野で研究を深めています。

SAD・社会不安障害・チェック

映画「アメリ」に関してSAD(社会不安障害)の診断の手がかりLSAS-J

映画「アメリ」に関して、主人公の少女アメリはSAD(社会不安障害)にすこし近いのではない かとの印象を持つのですが、その診断の手がかりとしてはLSAS-J(日本版LSAS)があります。DSMによれば、「自分でも恐れる理由がないことは分かっているがやはり怖い」などと、もう 少し立体的にとらえる必要があるのですが、一応のリストとしては役に立ちますので、紹介し ます。それぞれの項目の時に不安を強く感じるかどうかをチェックして、合計するものです。()内は個人的なコメントです。決定版というわけでもないですし、第一アメリカ文化を標準にし ていますから、そのまま日本でも、というわけでもないと思います。表面に出た症状としてはこ のようなことがあるとアメリカでいわれている、という程度のものとして参考にすればよいでし ょう。
1. 人前で電話をかける。(逆に電話のほうが落ち着くという人もいます。電話では吃音が出ないという人もいます。)
2. 少人数のグループ活動に参加する。
3. 公共の場所で食事をする。(食事は怖いもののようです。この症状は多いと思います。外食恐怖または会食恐怖などと言います。)
4. 人と一緒に公共の場でお酒(飲み物)を飲む。(なぜか食事と飲み物を分けていますね。)
5.権威ある人と話をする。
6. 観衆の前で何か行為をしたり話をする。(結婚式の祝辞を頼まれているが、何日も前から心配しているという相談は多いものです。)
7. パーティーに行く。(日本ではリッチな人以外はあまりないですね。たとえばPTAの集まりくらいでしょうか。)
8. 人に見られながら字を書く。(結婚式やお葬式の記帳などですね、これが多い。書痙などと呼びます。)
9. 人に姿を見られながら仕事・勉強する。(図書館など。最近は喫茶店で勉強する人も多い。)
10. 余りよく知らない人に電話をする。(いっそのこと全然知らない人ならば平気ということもある。そのあたりも詳細に聞く。)
11. 余りよく知らない人達と話し合う。(政治の話とかビジネスの話とか、まじめな話。)
12. まったく初対面の人と会う。(たとえば仕事で初対面なら平気だけれど、プライベートではダメという場合も多い。そのあたりも詳細化する。)
13. 公衆トイレで用を足す。(特に男性の並んで用を足す場所。洋式便座は嫌いという人も多い。)
14. 他の人達が並んで着席している場所に入っていく。
15. 人々の注目を浴びる。(14も16も一段抽象化すると15になります。このあたりの杜撰さがアメ リカ的です。)
16. 会議で意見をいう。(不意に指名されると平気なことも多い。前々から予定されているとあがる。)
17. 試験を受ける。
18. 余りよく知らない人に不賛成であるという。(アメリカ式ですから仕方ないですね。)
19. 余りよく知らない人と目を合わせる。(これも日本では普通失礼なことですね。)
20. 仲間の前で報告をする。(どんな仲間かによりますね。それにしても、もう少し項目を整理出来るだろう。項目間で抽象化のレベルが明らかに異なる。)
21. 誰かを誘おうとする。(「誰か」によると思いますが。)
22. 店に品物を返品する。(「店」によるのではないですか。)
23. パーティーを主催する。(どんなパーティなんでしょうね。)
24. 強引なセールスマンの誘いに抵抗する。(強引の程度によりますよね。)

映画アメリのお父さんはOCD(強迫性障害)ですね。いろいろ症状を抱えつつもうまく生きてい ます。それでいいなと思います。症状をなくすことだけが治療ではありません。生きる知恵があ ればいいのです。

アメリには知恵があります。症状を抱えつつ、人のためになることをしようと決心して、知恵を 絞ります。人間的な知恵とは、そのようなものではないでしょうか。知能テストで立方体を数え るだけではないはずです。

不安性障害の発生病理・動物行動学的学習理論

不安性障害には最近ではパニック障害、SAD(social anxiety disorder=社会不安障害、social phobia=社会恐怖と同じ)、GAD(generalized anxiety disorder 全般性不安性障害)などが含まれる。大きくくくると、耐え難い不安が襲う病気で、原因は不明。生命に危険はない。重症の場 合には日常生活が著しく制限され、一歩も外に出られない場合もある。なぜ起こるのかについ ては、不明である。
次のような仮説を考えている。動物は発生の途上で、「一生に一回限りの学習」や「強い学習」 をする場合がある。たとえば、すり込みが有名である。鳥が卵からかえってはじめて見る動くも のを親と思い、ついて回り、行動を学習し真似をする。これをすり込みという。動物学者コンラ ート・ローレンツのあとを鳥が追いかけている写真がある。ローレンツを親と思っているらしい。ことわざに「三つ子の魂百まで」という。また、音楽や言語には学習の臨界期があり、その時 期を過ぎると脳は可塑性を失い「固まって」しまう。それは生まれ落ちた環境に適応するための メカニズムであり、非常にうまく機能している。このような「一生に一回限りの学習」や「強い 学習」は時期が過ぎればなくなるのだが、ある条件が揃うと脳は一次的に可塑性の強い状態に なる。そこで不安を強く学習してしまう。
不安しか学習しないのだろうか?人間は記憶に感情という「印」をつけて、海馬に格納している という説がある。悲しい記憶は近く同士、嬉しい記憶は近く同士に格納される。恐怖と不安は人 間の感情の中で比較的強く、誤って学習されやすいと思われる。
あまりに強い不安・恐怖だった場合、または脳の可塑性が非常に亢進した場合、「強い学習」が 成立する可能性が高まる。PTSDの形をとるパニック障害はその典型だろう。
脳の可塑性が亢進する状況としては、性ホルモン、甲状腺ホルモン、副腎ホルモンなどの影響を 想定している。
人間は生まれ落ちて成人するまでは一定の環境になじんでいればよい。しかし性的に成熟して集 団の外に出る場合などは、新しい適応が必要になる。性ホルモンが大量に分泌されるときはおそ らく脳の可塑性が高まる。だからこそ、女性は嫁ぎ先のしきたりに順応もできる。性ホルモンが 減少すると順応しにくくなる。その分安定した行動、感情を維持できるようになる。

強迫性障害(OCD)

推薦図書の一冊として「手を洗うのが止められない」という本を紹介したことがあります。この 本が強迫性障害の一般向けの解説書です。

「もう汚くないことは分かっているのだけれど、そしてあまり洗うと手が荒れると分かっている のだけれど、それでも手を洗うのが止められない」のです。なんとなく分かりますか?手洗い以 外にもたくさんの例が挙げられています。

また「神経症の時代」という本では作家・倉田百三の強迫症状を紹介しています。実は有名人で 強迫性障害の実例をたくさん挙げることができます。有名人になると、内面をそのまま行動に出 しても許されることもあり、他人にもわかりやすいようです。有名人でない場合には、自分がど のように評価されるか恐れるので、あまりストレートに外に出さないのでしょう。
強迫性障害は、強迫症、強迫神経症などとも言います。なお、強迫は「脅迫」とはまったく関係 がありません。もっと日本語として日常的な言葉で表現できないものかと思いますが、今のとこ ろは妙案がありません。

どんな場合を強迫性障害と言いますか?

症状の紹介をしましょう。

「鍵を確かめるのを止められない」
「ガスの元栓を確かめるのを止められない」
「偉い人のいる会議の席上で、とんでもない言葉を言ってしまうのではないかという不安を止め られない」
「頭の中である言葉が何度も鳴り響いて止められない」
「車を運転していて信号待ちしているときに、前の車のナンバープレートの数字を加減乗除して 1にしないと気がすまない。信号が青になるまでに完成しないとその日は悪い日になるのでどう しても完成しないといけない。」
といったようなことです。もっと微妙な例では、「お医者さんにはどこも悪くないと言われるが、自分はきっと病気だという考えが繰り返し浮かんできて不安になる」などもあります。これだ けでは強迫性障害と即断できませんが、微妙にその要素が潜んでいそうですね。
まとめて言うと、自分の考えや行動がばかばかしいと分かっていて、止めたいと思うのだけれど も止められない、それが苦しい、これが強迫性障害です。いやだと思っているのですがどうしよ うもない。しかし「何者かにさせられている」のではありません。嫌々ながら、しかし自分でや っているのです。客観的には心配しなくてもいいことだと自分でも分かっています。これを自我 境界と現実把握は保たれているといいます。症状として非常に軽度なものになると、「慎重な 性格」と思われる場合もあります。その場合は強迫性性格と呼びます。

背景についての意見
日本には強迫性障害の人はとても多いのですが、それは教育にその背景があるかもしれません。 日本の親の子供に対するしつけは、「片付けなさい、整理整頓しなさい、手を洗いなさい、清潔 にしなさい、きちんとしなさい、テストの時には間違いがないか確認しなさい」等々、強迫性格 を育てる方向の指導が多いのです。しつけとしては、「人に優しくしなさい、ユーモアを忘れな いようにしなさい、自己主張をしなさい」など、強迫性性格に関係しないものも多くあるので すが、日本ではこうしたことはいわゆる「しつけ」とは考えられていないかもしれません。とく によい子たちは強迫性の成分をすこし多く持っているようです。日本の親はやや強迫性格の傾向 のある子供をいい子だと考える傾向があると思います。

診断
典型的な強迫性障害であるか、あるいは背景に(たとえば)うつ病などの病気がないか、そのあ たりの鑑別が大切です。表面にあらわれた症状に対して薬を使ったり精神療法を試みたりしても、それは表面的な対応でしかありません。

治療
薬物療法、行動療法、認知療法などがあります。特に薬は有望です。パキシルCRやデプロメール を使います。状態によってはレキソタン=セニランを併用します。少し時間がかかりますが効果が あります。
心理的なことになぜ薬が効くのかと考える人もいるでしょう。しかし薬が効くということは事実として確かなことです。この現象は「脳と心」に関して考える材料を提供しています。みなさ んは脳と心と魂についてどうお考えですか?

レストレスレッグス症候群(restless legs syndrome:RLS):むずむず足症候群

睡眠中に周期性四肢運動(periodic limb movement:PLM)と呼ばれる足関節の不随意性の背屈運動を,約80%の患者で伴う。このため、RLS患者は,主に睡眠障害を主訴として受診することが 多い。
簡単に言うと、足がむずむずして眠れない。
睡眠不足の結果として、日中の疲労感、傾眠、焦燥感、不安、抑うつ、困惑などがみられる。さ らに、家庭や職場でのパフォーマンスが低下し、評価が下がることがある。長時間座っていられ ないこともある。

米国における有病率は10%前後と推定されており、RLSの発症年齢は、20歳以下の若年層におけ る初発が全体の45%近くにおよび,その後加齢とともに漸減する傾向がみられる。一方、51歳以 上69歳以下の層でも15%以上と高い値を示し、二峰性を示す。
特発性RLSにおいては,遺伝的要因が明確に関与していると思われる例が全例の40%以上を占め,関与が疑われる例を含めると半数以上に達する。

RLSと鉄欠乏との関連についてはよく知られているが、RLS患者の血漿中の鉄濃度やフェリチン 濃度は正常であることが多い。しかし、CSF中のフェリチンおよびトランスフェリン濃度を調べ てみると、鉄欠乏が示唆される。

中枢ドーパミン機能障害が関与している可能性が高い。RLSと中枢ドーパミン機能については、 ドーパミン療法がRLSに奏効する点、パーキンソン病とRLSの合併が多く認められる点、PETに よる観察により、D2受容体、尾状核、被殻においてドーパミン結合の低下が認められる点など から、両者が密接に関連することが示唆されている。また、鉄はドーパミン合成の律速酵素であ るチロシンヒドロキシラーゼの補因子であるため、鉄とドーパミンの相互作用がRLSに関与して いる可能性もある。

RLSの診断にあたっては、病歴を確認し投薬歴についても聴取する必要がある。神経学的診断に 関しては、特発性RLSでは特異性のある異常所見がないある場合もあり、注意が必要である。

RLSは比較的診断のつきやすい疾患であり,治療も奏効することが多いため,患者の早期発見に 努めることが重要である。

不眠といっても、睡眠導入剤だけでは解決しない例。


治療については、大きく分けて、ベンゾジアゼピン系、ドーパミン系、抗てんかん系、さらに文 献によれば、高血圧の薬、たとえばインデラル、抗うつ剤、たとえば、SSRI、四環系、三環系な どがある。
従って、まずランドセン。ベンゾジアゼピン系で眠くもなり、抗てんかん作用もあるので合理的 と解釈しているが、本当の作用機序は不明。
ドーパミン系ならばビ・シフロール。これもメカニズムは不明。鉄剤たとえばフェロミアを加え るのもトライする価値はあるかもしれない。
インデラル、ジェイゾロフト、デジレル、トリプタノールなどは、これらを使うまでもなく、解決したことが多かった。

家庭内虐待 アダルトチルドレン 機能不全家庭 共依存

統計数字
2005年6月30日付朝日新聞夕刊によれば、2004年一年間で児童虐待死が49件である。2003年は41件。児童虐待防止法では「保護者が監視する児童に対し、暴行やわいせつな行為、長時間の 放置や心理的外傷を与えること」を児童虐待と定義している。被害児童の1/3は1歳未満、6歳以下 が9割である。殺人容疑などで逮捕された61人のうち、実母は28人、実父は19人、養継父母と内縁 者は6人。親としてつらいとき、あるいは自分の周囲でつらそうにしている人がいる場合、相談窓 口はまず第一に児童相談所である。緊急の場合には施設への入所もできる。病診、診療所、保健 所も相談に応じているし、女性センターなどでも受け付けている。
話すだけで楽になることがあるので、ぜひ考えてみてください。


まず、「虐待 沈黙を破った母親たち」岩波書店(1999年刊)から引用してみましょう。「母親が子どもを虐待する」ケースについての本です。少し耳を傾けて下さい。「こころの薬箱」に適 切なように改変してあります。
「わたしはいま、家庭から離れて、夫に子供を預けて、診療所でケアを受けています。虐待して しまう母親もまた、やはり子供のころ親から十分愛されていなかったということを知って下さい。虐待の問題を考えるときに、親に罰を与えるという立場で話してほしくないのです。できたら 共感してほしいと思います。」
「虐待というのはいきなり子供の頭蓋骨陥没からはじまるとは思えないんです。最初はこの子なんか憎たらしいとか、ちょっと突き飛ばしてみたくなるとか、それぐらいからはじまると思う んです。そんな子供と親との相性の悪さに気づいた時点から、相談できるような窓口がもっとあ ったらいいな、と思います。虐待防止のための窓口がありますよぐらい宣伝してほしいなと思い ます。」
「保育園や学校がお休みになったり、長期の休みになったりすると、子供と接する時間が長 くなってしまい、親のいらいらがつのって子供に当たることが多くなってしまうんです。夫に相 談しても、夫は仕事や自分の趣味で忙しい。そうすると、母親が一人で子どもを抱えてうつ状態になってしまう。休日も安心して子どもを見てもらえる場所がほしい。一時間でも二時間でもい いですから、安心してみてもらえる場所がほしい。」
「虐待で苦しんでいるのは子どもだけじゃない。母親の苦悩にも目を向けてほしい」
「いまわたしは診療所でケアしてもらって、共感してもらって、とてもいやされています。悩んでいる母親はわたしだけじゃない。あなただけじゃないんですよ。」
「虐待してしまう親も子供のころ、親から十分愛されていなかった。親を罰するより共感してほしい。」
「夫は相談にのってくれない。子どもを安心してみてもらえる場所がほしい。」
「虐待からの救出とケアは子どもだけでなく親にも必要だ。」
「虐待している親自身も心を病み、虐待に苦しんでいる。」
「親が子供を虐待してしまう原因を知り、専門家の手助けを受けながら病んだ心を癒せる社会システムがない限り、虐待問題の解決にはならない。」
「親が子供を愛する代わりに、虐待へと追いつめられてていくのはなぜなのだろうか。親の心の闇とは何なのか。」
「虐待してしまう親に共感するとはどういうことなのか。どうすればいいのか。」
「虐待に苦しんでいる母親は、子どもを愛せなかった自分をものすごく責めている。第三者の前で虐待の体験を語ることは、つらい過去を再現することでもっと自分を責めることになる。き ちんとした親の治療体制がない限り、話せない。」

ケアが必要
さて、虐待といえば、母親が子供を虐待するほかにも、父親→子ども、祖父母→孫、夫→妻、妻→夫、姑→嫁、嫁→姑などもあります。それぞれに事情が異なります。また、肉体的暴力のほか、言葉による暴力や、「無視することによる暴力」もあります。男性の暴力の背景に、女性の言 葉の暴力がある場合を何度も経験しています。女性は言語能力が高く、記憶していることを言語 化できるため、男性は「あんなに昔のことをよく細かく覚えているものだ」とあきれたりします。言葉で言い返せないので暴力をふるいます。
肉体的暴力、言葉の暴力、無視などに長時間さらされていると、人間の心には取り返しのつかな いような傷が生じるのです。ですから、このような暴力や無視の被害者をケアすることはわれわ れ医療分野でも大切な仕事です。
そして、今日お伝えしたいのは、「加害者となっている側にも、精神的問題があり、専門家によ るケアが必要なのだ」ということです。上に紹介した本で分かるように、虐待せざるをえない母 親はとても苦しんでいるのです。ケースによっては、子どもの側に発達上の問題が隠されていて、それを解決しない限りは、健全な母子関係が難しいこともあります。わたしたちは以上のよう な多様な側面からのアプローチを試みています。悩んでいる方は是非一度医療機関を訪ねてみて下さい。

アダルトチルドレン 共依存 アルコール症機能不全家庭 AC,ACOA,ACOD
アダルトチルドレン関連についても、カウンセラーが担当して相談に応じています。機能不全家 庭で育った成人が苦しむ様々な悩みです。典型的にはアルコール症の父親、そんな父を補助する ことで生きている母親、そういった両親に育てられた人です。簡単な解決はないのですが、じっ くりと取り組みましょう。
参考に少し硬い解説をしてみましょう。アダルトチルドレン AC, ACOA: Adult children of alcoholic アルコール依存症の親のもとで成人した子ども。親がアルコール症で家族機能に欠損 があったために、成人してから苦しんでいる人たちをさす。親がアルコール症以外でも、薬物依 存やギャンブル依存などで家族機能に欠損があった場合には同様のことが起こりうるので、 ACOD: Adult children of dysfunctional family(機能欠損家族で成人した子ども)と呼ぶこともある。子供の頃から問題を起こさず症状も出さず、いい子として適応し、優等生といわれて周囲の人 の支えとなるが、成人する頃に息切れを起こす。孤立感・孤独感,極端な自己評価の低さ、愛と 同情の混同、怒りや批判へのおびえ、自分の感情に気づき表現する能力の欠如、自己肯定感の なさ、絶望的なまでの愛情と承認の欲求がみられる。さらに自己非難、失敗することの恐怖、支 配することの欲求、頑固さ、一貫性のなさがある。これらの特徴の中でもっとも本質的と思われ るのは「自己承認への欲求」であり、診察室における「居場所がない」「生きていてもいいのだ ろうか」「この世に存在していてもいいのだろうか」などの言葉となる。「自分はACだからこん なに苦しいんだ」と自分で気づいたときにはじめて救われる側面がある。アルコール依存症者、 共依存の配偶者、ACの子どもの三者がセットになって病理を形成している。

引きこもりがちのきみに

学校や職場から引きこもって家族を心配させているきみ。ときどき真剣に悩むきみ。そんなきみにメッセージが届けばいいと思ってこの文章を書いています。

まずある引きこもりの男性の話を聞いてみましょう。

はじめはとてもつらかった。学校や職場に行くことはみんなが普通にしていることだから、みん ながしていることを自分はできない、まずそう思ってつらいです。次には家族が心配するので、 それもつらいですね。何とかしなくちゃと何度も思って、そのたびにつらくなった。家にいても どこにいても、なんとなく居心地が悪かった。まあ、当然ですよね。
最近は、引きこもりも長くなってくるとなんとなく慣れてきますね。そしてときどき昔のつらい 感じを思い出してつらくなる。それから、これからどうするかな、と考えさせられる機会もあ って、その時にもつらい思いをする。
誰に相談したらいいかも分からない。どうして自分が学校(職場)に行けなくなったか、いま となっては正確に説明できないようにも思う。自分なりには分かっていますよ。言いたくないで すけど。ぼくは頭悪くないから、そんなことは分かってる。でもまあ、だれかに話して分かって もらうのも難しそうで、それであきらめているんです。
でも親はときどききついことをいう。ぼくのためを思って言ってくれていると分かっているけ れど、この自分のどうしようもなさを分かってもらえなくて、ついつい口げんかになってしまう。言い返す元気もないときは無視して自分の部屋に閉じこもる。
この自分の苦しさは誰にも分からないのではないかと思う。分かってもらったところで、解決が できるだろうか。解決どころか、もしかしたら自分は世間の人たちに比べてとても感性が優れて いて、そのせいでこんな生活をしているのではないだろうか。だとすれば、無理矢理いまの生活 を変えることはない。
でもそうは言っても、将来のこともある。仕事は、結婚は、と考えるとちょっとね。さすがに不 安です。
親が心配するのは、まあ、極端にいえば勝手にしてもらえばいいんだけど、結局自分の人生なんで、そろそろどうにか、ね。
しばらく引きこもっていた人たちってどんなふうにして変わっていくんですか?
だいたい雰囲気が伝わりましたか?

医療機関にはこんなタイプの若い人たちがたくさんいらしています。引きこもりが長い人も、短 い人もいます。カウンセリングを続ける人、薬物や自律訓練法を補助に使う人、紹介してもらっ たいろいろな場所で新しい生活を試みる人、さまざまです。友達が多い人もひとりもいない人も います。共通しているのは、過去のことはひとまずいいじゃないか、これから少しでも自分の希 望する方向に人生を向けるためにはどうすればいいか相談しよう、この点です。過去について根 ほり葉ほり調査しても、いまが突然変わるわけじゃありません。

また、いまが前進の時期ではないと感じるなら、ひとまず引きこもっていましょう。でも、その とき、すこしでもきみが幸せな感じの持てる引きこもり方があるのではないでしょうか?
よその引きこもりの人たちはどうしているんだろう。どのようにして次の生活に踏み出したのだ ろう。そんなことに興味はありませんか?
自分が来たくないなら、ご家族の方に代理できてもらいましょう。そして間接的にでもいいから 相談しましょう。

人間は学校(職場)に行くために生まれたのではありませんよね。その通りです。しあわせにな るために生まれたのだと思います。学校で勉強するようになったのは人類の長い歴史で最近の百 年程度のものです。学校(職場)に行くか行かないかではなく、「しあわせになること」を一緒 に考えませんか?

きみのしあわせって、どんなこと?そこから話しませんか?

児童思春期・不登校 ADD ADHD

ADD、ADHDはそれぞれ注意欠陥障害、注意欠陥多動性障害を指します。学校での不適応が問題 となることが多く、学校の担任の先生や学校カウンセラーから医療に紹介があります。お薬もあ る程度は効くのですが、我慢強く成長を待つことも大切です。教育と医療の連携が必要とされる 分野です。
最近はチェックリストなどで自分でADD・ADHDと診断して来院される方が増えてきました。3 割くらいはADD(ADHD)で、残りはほかの障害が考えられるとの意見もあります。ADDは人口 の3-9%(診断基準の幅によります)という大変多い障害です。成人になると多動性が少なくな って、「落ち着きが出てくる」ようになりますが、注意障害は持続します。家庭や職場で支障が 出ます。
ADDの治療では薬物療法は下支えに過ぎません。積極的にこの障害を学び、さまざまな工夫を する必要があります。カウンセラーをコーチとして歩んでゆきましょう。

言葉の発達の遅れ
・原因……言葉の発達の遅れにはいろいろな原因があるので、まず原因を正しく把握することが 第一です。難聴のように身体的な原因もあります。また、言葉を聞いて意味が分かるのにもかか わらず、自分で言葉を言うのは不自由な子もいます。
・治療……お母さんに指導方法を覚えていただき、家で反復して練習します。

不登校
・診断……診断という固い言葉ではなく、「楽な気持ちで素直に言える」雰囲気がまず大切です。その中から問題点を知ることができれば一歩前進です。原因としては学習困難、対人関係の 困難、いじめなどが多いようです。睡眠リズム障害、朝の低血圧、子供の不安性障害など、生活指導と少量の薬物が有効な状態の場合もあります。
・治療……過去よりも未来に焦点を当てて話し合います。必要に応じて具体的な行動の指導をし ます。また、多くはありませんが、漢方薬を含めたお薬をおすすめする場合もあります。家庭内 暴力でお困りの方、また、親子関係の修復でお困りの方は、相談数も大変多く、方針決定も簡単 ではありませんが、まずお母さんをはじめご家族を支えることを目標として相談をスタートする 場合もあります。不登校も長くなると子供さんの問題だけではなく、家族全体のあり方の問題 になっていることもあります。問題を局所的にとらえずに、全体的に、長期的な目でとらえまし ょう。家族相談を積極的に利用しましょう。

学習障害(LD)
・診断……現時点での能力測定をしてみると、全般的には能力が低くないのに、ある特定の分野 だけで発達の遅れがみられることがあります。学習障害のお子さんではこのパターンが多くみら れます。発達測定テストを用い、同時に課題遂行時の様子を観察して、遅れのある分野はどこな のかを正確に見極めることがスタートになります。
・治療……個別集中指導で対処します。たとえば、まずはじめに数の概念をしっかり覚えていた だけば、その後の算数の学習はとても楽になります。必要に応じて少量の薬剤が有効です。

薬について
子供さんや若い人には薬はなるべく使わないようにしましょう。これが原則です。発達途中であ ることを念頭に置いて、長い目で見守りましょう。しかし場合によっては少量の薬を短期間使う ことが、効果的な場合があります。変化のきっかけを作ることができるわけです。この点につい ては、当院の専門家のアドバイスを理解していただいた上で、最終的にはお子さんとご家族が決 定するということになります。
どのお子さんも、自分は他人にとっていい子でありたいし、特に親の希望に沿う子でありたいも のです。しかしそれができず、どんどん自信をなくしていきます。クラスの厄介者扱いされたり して自信をなくしてしまうこともあります。こんな場合に、少量の薬剤で少し落ち着きのある子 になれば、それからあとは自信を回復できるのです。人間は自信のあるなしでこんなにも違うも のかと思います。自信あるいは自尊心といってもいいでしょう。大切にしましょう。
教育との連携を大切に

子供さんはまずなによりも教育の場で生活しています。学校の先生や教育センターのカウンセラ ーの先生と連携協力して治療にあたります。教育者にしかできないことがたくさんあります。

男女更年期

男女とも40歳を過ぎると、いろいろな悩みに更年期障害が関係していないかどうか、気になると ころです。女性更年期は昔から有名ですが、最近は男性更年期障害がマスコミで取り上げられて います。女性の場合、最近では閉経年齢はおよそ50歳といわれています。卵巣機能の低下は40歳 代から始まりますから、人によっては40歳代から更年期障害に悩まされることになります。

症状
その典型的な症状を紹介すると、およそ次のようなものです。顔が熱くなる。ほてる。
汗をかきやすい。 腰や手足が冷える。息切れがする。
手足がしびれる。 手足の感覚が鈍い。
夜なかなか寝付かれない。
夜眠っても、すぐ目を覚ましやすい。興奮しやすい。
神経質である。
つまらないことにクヨクヨする。(ゆううつになることが多い)。めまいや吐き気がある。
疲れやすい。
肩こり・腰痛・手足の節々の痛みがある。頭が痛い。
心臓がドキドキする。
皮膚をアリがはうような感じがする。

いかがですか?身体症状と精神症状の両方が同じくらいの比重で考えられています。生活のなかで生じる心理的ストレスが症状に大きく関係していることが多いと考えられています。そのよ うな点で、更年期障害は心身相関の強い状態と考えられ、わたしたち心療内科の領域で治療に あたっています。


原因
第一には卵巣機能の低下による性ホルモンの減少が原因となります。それに伴って、性ホルモン 産生を刺激する物質が増加します。この両者の働きにより、内分泌系と自律神経系が不安定にな ります。
第二はこころの問題です。40歳代から50歳代にかけては心理的にも変化が大きく、ストレスの多 い時期に当たります。たとえば子供の独立、親の病気、夫の仕事上の変化(出向、退職など)、 経済環境の変化などがあります。また、若さが失われていく自分をどのように受け入れることが できるかも難しい問題です。昔からどの女性も通過してきた問題ですが、現代に生きる女性にと ってはなお一層困難に感じられる問題ではないでしょうか。このように心理的原因も無視できな いのが更年期障害の特徴です。
男性も同様で、ホルモンの減少は身体に影響を及ぼします。疲れやすい、疲れが抜けにくい、集 中力がなくなる、酒に悪酔いする、性生活ではEDの悩みなどが現れます。

治療
性ホルモンの減少が原因というなら、それを補充すればいいはずだというので、ホルモン補充療 法があります。ご存じのように、これについてはいろいろな意見があります。まず副作用の問題 があります。次には、性ホルモンの減少自体は正常のプロセスですから、どこまで人為的に調整 すべきかという問題があるでしょう。極端にいえば、苦しくても我慢すべきだ、それが人間の自 然であると考える人もいるわけです。このあたりは考え方や感じ方に個人差が大きい分野です から、充分なカウンセリングが必要だと思います。考えてみれば、性ホルモンの減少と一言でい っても、減少のパターンを細かく見ると、それぞれにタイプがあるわけです。このあたりも大切 なことでしょう。
さらには心理的要素への配慮が大切です。これに関しては心理テストなども使いながら把握をす すめます。カウンセリングのなかで理解を深めましょう。
以上のことを前提として、必要と判断される場合にはお薬の相談をします。ホルモン剤ばかりで はありません。漢方薬、自律神経調整薬、抗不安薬なども適切に用いることにします。また、め まいや頭痛などが特につらい場合にはそれぞれに対策があります。
まず一時的に薬で症状を和らげて、そのあいだにカウンセリングで生活全体の対策を考えるのも 合理的です。生活の質を維持しながら、すこしずつ楽になっていくように調整したいですね。
イメージとしては「なだらかな着陸」です。

老年期の心身症

ある程度お年を召してからの心身の健康について考えてみましょう。ご本人にとっても、またご 家族にとっても、大変切実な問題です。

診察室での実際の言葉
お年を召した方ならば、いまご覧になっているコンピューターの文字が小さくて読みにくいと感 じる人は少なくないでしょう。見る、聞く、歩く、そんな基本的な面で不自由を感じているのだ と皆さんはおっしゃいます。疲れが回復しにくくなります。病気に過敏になります。ひとつだけ ではなくいろいろな病気になります。そして心も弱気になるでしょう。人によっては頑固になっ たり、神経質になったりします。寂しがり屋になります。将来に悲観的になる人もいます。友達 がだんだん少なくなります。たとえば引っ越したあと新しい友達ができにくいでしょう。病院 に行ってくすりを何種類も飲んでいる人もいます。くすりの副作用が出やすいのも特徴です。

他者に依存せざるを得ない場面が多くなります。家族のために生きてきたのに家族は優しくして くれないと感じることも多いでしょう。病気や不具合をかかえながら生きて行くのは孤独でつら いものです。なぜもっと理解してもらえないのでしょう。若い世代とは考え方・感じ方の違いが あります。たとえば、気に入っていた茶碗なのに、若い家族に「汚いから捨てなさい」と言われ てしまいます。これではプライドを保てないでしょう。自分たちは戦争もくぐり抜けてきた世代 なのにと思うとしくなります。社会の変化がはやすぎると感じています。またたとえば伴侶に先 立たれるつらさは格別です。しかしそれもいつかは訪れることです。
実際に相談場面で聞いた言葉を整理して書いたものですが、つらいですね。

老年期の病気の特徴
お年を召してから病気に悩まれる方が多いのは事実でしょう。若い頃のように簡単には治らなく なるのも仕方のないことです。たとえば、一人の人が白内障、膝と腰の痛み、胃潰瘍、皮膚のか ゆみ、ゆううつ、排尿障害、便秘、肩こりなどをかかえながら生きているのがむしろ普通でし ょう。また、脳血管障害やアルツハイマーによる認知症の心配も現実のものになってきます。あれこれ考えるととてもゆううつですね。

診断 認知症と心身症の区別
さて、高齢になってふさぎ込んだりしていると、とりあえず認知症ではないかと疑われます。こ れはとても困ったことですね。認知症ではなくても、認知症に似た物忘れが見られることがあり ます。仮性認知症とまとめて呼んでいますが、うつ状態、意識障害、栄養障害などでも認知症に 似た状態になることがあるのです。認知症ではないのに認知症扱いされたらいやなものでしょう。きちんと鑑別診断したいものです。
お年を召してからは心身症になりやすくなります。それは老年期になると心身の両面で他者や環 境に依存せざるを得ないようになることが多いからです。一人でがんばり抜くことは若い頃に比 べると難しくなります。そのぶんだけいろいろな点で周囲と妥協しなくてはならなくなります。 それはいままでさまざまな困難を切り抜けてきた人にとっては屈辱的とも思えるようです。
いろいろなストレスにさらされますが、それから逃げることもできません。いやだからといって 家出することもできません。経済的・体力的に余裕があれば別ですが、そうでない場合には妥協 しなくてはいけません。老齢期には特有のストレスがあります。そこで心身症になる人も多いの です。
認知症といわれた人の中には心身症の人も混じっています。老齢期になると体の変調が心の変調 に出やすいので、認知症かと誤解されます。

積極的な「心の健康」を
しかし以上のようにお困りの患者さんたちの一方で、とても元気ではつらつとしているお年寄り の方もたくさんいらっしゃいます。社会的役割を引き受け、経験と知恵を生かし、若い人にはで きないような活躍をなさっています。こうした方々と接すると、やはり心の持ちようが大切なの だなと実感されます。積極的な心の健康は可能だと思います。
そしてその人たちの場合、悩みを自分だけで悩んでいないようです。あなたの悩みはあなただけ がかかえている特殊なものではないかもしれません。そして、似たような悩みを持った誰かが、 頭のいい解決方法を考えているかもしれません。
プライバシーを完全に保護できるクリニックで、一度相談してみるのも現代的な方法ではないでしょうか。

なぜ漢方か

漢方薬という言葉が定着しているのでここでも漢方薬と表記します。しかしわたしたち SMapG は和漢薬と呼んだ方がいいと考えています。日本人に合ったものを工夫してきた歴史があるからです。ストレス診療では漢方薬を積極的に使います。理由としては二つあります。

まず、体調を整えるには漢方治療が適しているということがあげられます。うつ、パニック、自 律神経失調症、更年期障害、不定愁訴、不安などではたいてい背景に過労や心労があるものです。老年期記憶障害、登校拒否などでも用いることがあります。

ふたつめの理由としては、患者さんの要望が強いことがあげられます。これまで漢方薬を使って いて、体に合うから続けたいと考えている人がたくさんいらっしゃいます。この信頼感はとても 大切なことですから、その漢方薬をベースにして、発展的に薬剤を工夫します。
西洋薬の場合には「薬にまかせた」という気分になるのに対して、漢方薬の場合には、「薬を飲 みながら、症状と対話しつつ、毎日を暮らす」、そんな気分になることができるようです。
においや味については、最近の処方薬局用顆粒製剤はとてものみやすくできているので、たいて いの人に違和感なく服用していただけると思います。

漢方薬の選択
一般の漢方診断の本を開いてみると、症状と体質を診て、処方すると説明しています。わたした ちは「性格」も診断の軸に加えることを提案します。心理面も考慮しなければならない領域では、性格の把握が特に大切です。
症状はストレスに対する反応という側面があり、誰にでも起こりうることです。症状は、「困っ たもの」ではありますが、身体が発信しているメッセージでもあります。そのメッセージは何を 伝えようとしているのか、理解することが大切です。たいていは無理をしているのです。そこで 症状診断と体質診断に性格診断とストレス診断を加味して処方するのが合理的でしょう。
「ストレス + 体質 + 性格」 この三者のかかわりを考慮して診断して処方します。

有毒物の除去
生薬の原材料は自然産物ですから、細菌などの有毒物の混入をどのように防ぐかについても重大 な注意が払われています。生薬そのままの場合にはその点を一つ一つについて厳密に確認するこ とはできません。この点では、生薬よりも、顆粒製剤に利点があると考えられます。

生薬の効きめのばらつき
煎じて飲むタイプの生薬では、有効成分のばらつきが避けられません。野菜を食べるときに、い い野菜とそうでもない野菜とのばらつきがあることは当然で、漢方薬の成分についても同じこと が言えます。こうしたばらつきは自然産物の場合には避けられないものですが、製薬会社ではう まく品質管理をして、有効成分が一定になるように工夫しています。また、会社によって品質管 理の精度にばらつきがあるともいわれています。さらに、一般売薬と処方薬局製剤では、効果に 差があるとのご感想もよく耳にします。

漢方薬の安全性
以前、漢方薬の副作用が話題になりました。小柴胡湯で肺に副作用が出て、死亡する場合がある との報道でした。その他にも、いくつかの成分について、過量となったときの危険について注意 するよう呼びかけられています。このあたりは疾患、体質、既往歴を考慮しての医学的診断にな ります。

飲み方
コップ一杯の水で飲んで下さい。のどや舌に残っていやな感じがする場合には、あらかじめぬる めのお湯に溶かしても結構です。
食前、食間(つまり午前10時とか午後3時とかの空腹時)が原則といわれます。確かにそうなの ですが、特にこだわる必要はないようです。夕食後でも、就寝前でも問題はありません。自分の生活にあった時間を決めて、気長に使って下さい。
飲み忘れたら、そのまま忘れて下さい。気にしないで次の時間に決められた通りに飲んで下さい。

漢方薬にジェネリック薬はありますか?市販薬も同じ名前ですが、内容も同じですか?
原料として生薬を用いていますので、化学物質として同一のものはできません。ジェネリック薬 にはなりません。たとえば補中益気湯などは同じ名前でもメーカーによって内容成分が異なり ます。まったく違う薬ではありませんし、効果の傾向としては同じなのですが、微妙に違います。
市販薬と健康保険を使って医者が処方する漢方薬は同一メーカーでもすこし内容が違います。バファリンが市販薬と処方薬で内容が異なるのと似ています。

積極的リラクゼーション・テクニック

積極的リラクゼーション・テクニックわたしの体験・自律訓練法との出会い
ある実習コースで、自律訓練法を教えてもらいました。それまで存在と理論は知っていましたが、自分から身につけようという考えはありませんでした。一回経験してみたら、なるほどいいか もしれないと思ったものです。しばらくは自分でトレーニングしたりはしなかったのですが、そ の後わたしも人並みにストレスに直面しました。そのときに自律訓練法でかなり救われました。 合う人と合わない人がいるようですが、わたしの場合は合っていたと思うわけです。自分にその ような体験があるので、多分この人には向くだろうなと思う人にはお勧めしています。

積極的リラクゼーションとは
リラックスしている状態といえば、寝ている状態や横になってテレビを眺めている場面を思い浮 かべるでしょう。それも大切な時間です。しかし積極的リラクゼーションはそれとは違う、「も っとリラクゼーション」の状態を指します。聞いた話では、日本の古武道の構えは、なるべく脱 力してどこにも余分な力をかけず、さまざまな攻撃に瞬時に対応できるようにするものだそう です。積極的筋肉弛緩状態ということで、類似点があるかもしれません。
コムボールでたとえてみましょう。軟式テニスのボールを考えて下さい。
ストレス状態とはボールが凹んでいる状態です。回復しようとするのですが、凹まされています。軟式ボールというよりは、アルミ缶ですね。元に戻りません。
寝ている時は凹みがない状態で、これはストレスのない状態です。凹みはなくてまん丸です。 リラクゼーション状態は少々のことでは凹まない、凹んでもすぐに元に戻る、復元力の高まった 状態です。まん丸ですが、もっと生き生きしている感じです。赤ちゃんの肌みたいです。

筋弛緩訓練。筋肉から脳へ。
E・ジェイコブソンは全身の筋肉を順番にゆるめていく方法、つまり筋弛緩法を開発しました。東 洋のヨーガや瞑想では、目的としては精神的解脱や悟りのためなのですが、身体的には「筋肉の 緩んだ状態」を実現していたことが分かっています。結果として積極的筋肉弛緩状態、つまり積極的リラクゼーションを実現していました。
人間はストレス・不安・緊張時には筋肉が緊張します。呼吸が浅くなり速くなります。脈拍が速くなります。それならば、この逆をやって、筋肉を緊張から解き放ち、ゆるめれば、呼吸をゆ っくり深くすれば、脳の働きを変化させることができるのではないかと考えました。心臓の脈拍 については一般の人はコントロールできませんが、達人はできるようです。身体を変化させれば、脳が変化します。脳が変化すれば、自律神経系、内分泌系、免疫系を介して、全身に変化が起 こります。
自律訓練法などで筋弛緩・呼吸トレーニングをすれば、緊張緩和、疲労感減少、爽快感増大、ストレス耐性増強、交感神経抑制、副交感神経賦活、免疫能増大が起こります。しかも副作用は 全くないのです。

トレーニングの時間
一回のトレーニングの時間による効果の違いが分かっています。
3分から5分のトレーニングでは緩む方向。(リラクゼーション)
10分から20分では元気が出てくる。頭の中がすっきりしてエネルギーがわいてくる。(アクテ ィべーション)
このような違いがあります。また、一回短期効果と反復長期効果も異なることが分かっています。わたしたちの目的は、反復長期効果を実現することです。毎日続けてトレーニングするとスト レスに強くなり、血圧が安定し、体質改善につながります。

具体的な方法
具体的な方法は次のようです。短く言うと、「身体の形をを整え、呼吸を整え、心を整える」こ とです。古い言葉では「調身、調息、調心」と言います。

正しく座る。どこにも余分な力が入っていない。
ゆっくりと、規則的に、吐く息を長く、呼吸を整える。
言葉、文章、祈り、筋肉運動の繰り返しなどに心を集中する。
雑念が浮かんできたらそのままやり過ごし、再び繰り返しの作業にもどり心を集中する。

これだけです。 自律訓練法では、呼吸を緩やかにしながら、心の焦点を、「両手が重い」「両手が熱い」などと順次変更していきます。段階がいくつもあるのですが、それは上級編で、初級者は熱感までで充分ではないでしょうか。自律訓練法では解除作業も大切です。

もっと簡便な方法・呼吸集中法
自律訓練法は誰かに教えてもらわないと難しいかもしれません。ここでは自分で簡単にできる簡 便な方法をお伝えします。やはり「調身、調息、調心」が基本です。

横になるか、椅子に腰掛けます。楽な姿勢にして、体のどこにも余分な力が入っていない状態にします。余分な力を入れないということは、正しい自然な姿勢になるということです。海辺か森の中か、自分のリラックスできる情景をイメージして下さい。
ゆったりと腹式呼吸をします。深呼吸ほど深くはなく。とてもゆっくりと。
息を吸って、吐いて、吐く息を長めに、これで一回と数えます。10まで数えたら1に戻り、続けます。
どんどん呼吸だけに集中します。驚くくらい無念無想になります。

雑念が浮かぶけれど、放っておいて、また呼吸に心を集中させましょう。どんどん呼吸だけに集 中できるようになります。呼吸している自分だけが存在するようになります。一日一回、10分間、行いましょう。3ヶ月から4ヶ月して、自分の心が平静であることに気付くでしょう。ストレス を感じた時にも、10分間だけこの呼吸法を行うことで、クールに対応できるようになります。自 動車を停めて、少しのあいだ。電車に乗りながら少しの時間。睡眠前の10分間。自分なりに時間 を決めて習慣化すればよいでしょう。
効果が実感できたら、周りの人に教えてあげましょう。心の平和な人が増えることは誰にとってもよいことだと思います。

合わない人
自律訓練法はわたしたちの経験では、非暗示性の高い人には合いません。過呼吸に傾きがちの人 も合いません。簡便な「呼吸集中法」は特に問題ないと思います。トレーニング中に次々に妄想 がわいてきて圧倒される人は中止して下さい。

自律訓練法

どんなときに有効ですか?
たとえば、何か気になることがあるときに、「とらわれ」の心理に陥ることがあります。あまり 気にしてはいけないと思っていると、なおさら気になってしまうのが「とらわれ」の心理です。 何かして気分を変えようと思うのですが、うまくいきません。そんなとき、いろいろな方法があ りますが、特に有効性の高い方法が自律訓練法です。

予期不安に有効と聞きましたが?
そうです。大変有効です。予期不安とは、たとえば、「電車に乗ると心臓がドキドキして困る」 と悩んでいる人が、「また電車に乗ってドキドキしてしまったらどうしよう」と不安を予期して 不安になってしまう状態をいいます。この人の場合、まだ電車に乗っていないのに、不安が高ま ってしまうのです。こんな時に、自律訓練法を試してみて下さい。

不眠症に有効ですか?
有効です。ふとんに入って自律訓練法を練習していて、眠り込んでしまった体験のある人は多い と思います。心身をリラックスさせる方法ですから、寝る前にやれば、寝付きがよくなります。

試験前の緊張をほぐすのに有効ですか?
有効です。特別な道具などいっさい不必要ですから、試験会場でもできます。待ち時間のあいだ に自律訓練法をしていると落ち着くと思います。

副作用はありますか?
特にありません。

なぜ有効なのですか?
次のようなたとえ話で考えてみて下さい。心の中を真っ暗な洞窟だと考えてみます。真っ暗だと どうしようもないので、懐中電灯で照らします。普段の状態であれば、懐中電灯であちこちを照 らしてみて、洞窟の中の状態がだんだん全体的に把握されてきます。わたしたちの不安が高まっ て「とらわれ」の状態になると、心の中は不安でいっぱいになってしまいます。これを洞窟のた とえで説明すると、懐中電灯で洞窟の中の「不安」という立て札を偶然照らしてしまったあな たは、もう懐中電灯を他の方向に向けることができなくなっているのです。「別の方向に向け よう」と焦るのですが、どうしても「不安」という立て札を照らしてしまうのです。

そこで自律訓練法ですが、まず、心の中の懐中電灯を自由な方向に向けることができるようにな ります。そうすれば、心の中には不安だけではなくていろいろなものがあるのだと理解できて、 安心できます。これが第一段階です。

自律訓練法には第二段階があります。それは、懐中電灯の光の範囲を変えることにたとえられ ます。普通の懐中電灯は一度に狭い部分だけしか照らすことができません。しかし電球部分を工夫すれば、360度近くの広い範囲を照らすことができるようになるでしょう。狭い部分をいくつも 見て総合するのではなく、一度に広い範囲を見渡せるようになるのです。意識がこのような状態 になれば、とてもすばらしいではないでしょうか。禅やヨーガでめざしている状態の一部分はこ のようなものと考えられます。自律訓練法に熟達すれば、そのようなことも可能になります。
当院で実際の方法を指導していますので、体験してみて下さい。